全ての人に知っておいてほしい、自分と大切なひとの命を守る「ライフセービング」の教え。「日本ライフセービング協会」の活動とは?

海やプールで、赤と黄色のユニフォームを着たライフセーバーの方を見たことはありますか?

彼らは水辺にいる人たちの様子を観察しながら、事故を防ぐために活動している方々です。

しかし、いざという時に自分や周りの人の命を守るための知識は、ライフセーバーに限らず全ての人にとって必要なものではないでしょうか。

今回、公益財団法人日本ライフセービング協会(以下、JLA)の副理事長・広報室長  高野 絵美 様 にお話を伺いました。

公益財団法人日本ライフセービング協会(JLA)

副理事長・広報室長 高野 絵美 様

東海大学・海洋学部在籍中にライフセービングと出会い「水辺の事故を未然に防ぐ」考え方に感銘を受け、現在に至る。自身も普段は別の主たる仕事をしながら、同時にJLAの理事としてライフセービングの教育・普及などの活動に携わっている。

日本ライフセービング協会とは?

──日本ライフセービング協会は、どのような組織ですか?

高野 絵美 さん(以下、高野さん)まず「国際ライフセービング連盟」という組織があり、JLAはそこに日本代表機関として加盟している公益財団法人です。

JLAに加盟している都道府県協会は現在30団体あり、都道府県協会に加盟している地域クラブとJLAに加盟している学校クラブと合わせて、現在163のライフセービングクラブがあります。

資格を持ったライフセーバーで、所属クラブがある人もいますが、クラブに所属せず活動している人もいます。

また、大学にライフセービングのクラブ活動が多いのも、日本の特徴です。全国の学生をまとめる「学生本部」という組織もJLAの中にあります。

JLAは、現在10名の理事と5名の事務局職員が中心となって、専門委員のみなさんや多くの協力をいただきながら運営しています。

ライフセーバーたちやライフセービングに関する全ての活動を支援するために必要な、業務や資金調達等に関わること全般を担っています。ちなみに、私を含む10名の理事も全員ライフセーバーなんですよ。

ライフセーバーの仕事について

──ライフセーバーの方は、どんなお仕事をされているのですか?

高野さん 夏の海水浴場では水辺の安全をマネージメントすることがライフセーバーのメインの業務です。

当日の海況を把握して、遊泳客の状況を見ながら事故を未然に防ぐため声をかけるパトロール活動を最も重点的に実施します。また、迷子対応や怪我の手当てなどのファーストエイド対応も行います。

声かけの例としては、お酒を飲んでいる人を見かけたら「このあとは海に入らないでくださいね」、小さいお子さんが1人でいたら「一緒に来た大人の人はどこにいる?わかる?」、やや苦しそうに泳いでいる人を見かけたら「岸まで戻れそうですか?」といった声かけです。

もちろん、事故が起こったとき確実に救助できるのがライフセーバーです。でも、事故の発生は、極端な言い方をすると私たちにとっては「失敗」とも言えるのです。

声かけとパトロールをどれだけできるかで、事故は未然にかなり防げます。よく「もし溺れたらどうしたらいいんですか?」と聞かれることがありますが、その前に大切なのはそのような溺れてしまう状況を未然に防ぐこと。それが最も重視することだと考えています。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

──ライフセーバーの方は早朝から海況を見るとお聞きしました。

高野さん そうです。ライフセーバーがいる海水浴場では、早朝からライフセーバーが海況を見て、赤と黄色の旗を立て「安全に遊べる遊泳エリア」がわかるようにしているところが多いです。それは今までの経験から、風で沖に流されて戻れないケースや、離岸流に流されるケースが非常に多いからです。

「どこに離岸流が発生しているのか」を踏まえて遊泳エリアを設定したり、遊泳エリア内に生まれた小さな離岸流がある場所では頻繁に声かけをしたり。さまざまな工夫をしています。

離岸流

岸から沖へ向かって流れる海水の流れのこと。その流速は毎秒2mに達する場合もある。(毎秒2mはオリンピックの水泳、自由形金メダリストが泳ぐ早さとほぼ同じ。)
離岸流は、海岸線のどこでも起こる可能性があり、沖へ数十メートルから数百メートルに及ぶことがある。幅は10~30m程度と、あまり広くないのが特徴。
(参考:海上保安庁海洋情報部「離岸流」)

(画像提供:日本ライフセービング協会)

──現在、日本にはどれくらいの数のライフセーバーがいるのですか?

高野さん JLAが発行している資格を取得しているライフセーバーの数は4,753名です(2023年12月時点)。

男女比で言うと、大体 6 : 4 くらい。最近では女性もかなり増えてきています。子育てがひと段落したママさんが、監視活動の現場や講習会の指導者として戻ってきてくれることもありますよ。

しかし、ライフセーバーの数はまだまだ少ないと感じています。ライフセーバーの多くが大学生で、学生以外の(社会人の)ライフセーバーは仕事の合間の休暇を利用して活動していることがほとんどです。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

ライフセーバーになるには?

──ライフセーバーになるためのロードマップについて教えてください。

高野さん ライフセービングの意識や志を持った人全員が「ライフセーバー」であるという概念はありますが、ここではJLAが発行している資格を持つ「認定ライフセーバー」に関して説明します。

認定ライフセーバーになるには、最低でも以下の3つのコースを受講する必要があります。

  • 心肺蘇生法(CPR)+AEDの使い方を学ぶ「BLS」コース
  • 水辺での安全基礎資格「ウォーターセーフティ」コース
  • ベーシック・サーフライフセービングコース(海浜)もしくはプールライフガーディングコース(それぞれ海浜・プールでの監視・救助・救護等の安全管理に関する基礎的な知識・技能を習得する)

高野さん 多くは大学のクラブ活動で資格を取るなどして学び、社会人となった後もその志を持っている人が現場に残って、それぞれが活動を続けているという状況です。

認定ライフセーバーの資格には年齢制限(中学生を除く15歳以上)がありますが、「BLS」と「ウォーターセーフティ」は12歳以上であれば学ぶことができます。

特に「BLS」と「ウォーターセーフティ」に関しては、ライフセーバーの資格を取らなくても国民全員が知っていれば、水辺だけでなくあらゆる場面での事故を減らすことができると思います。
そのためにも、できるだけ多くの方に小さい頃からこの知識を身につけ、経験して行動できる能力を備えてもらいたいです。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

──ライフセーバーの魅力、やりがい、メリットについて教えてください。

高野さん 自分自身を鍛え、学び、活動することが、自分や誰かの命を守ることにつながるのは魅力ですね。

人間が生きていく上で、基本になるのは「命」です。誰かを助けたくても、自分の命が安全でなければ手は差し伸べられないので、まずはしっかり自分の命を守る必要があります

その方法がわかっていて適切な行動が取れる人になれたら、次に自分の周りの大切な人を守ることができます。

それができる人は、きっと知らない人に対しても「あの人、困っているかもしれない」「具合が悪いかもしれない」と手を差し伸べられるはずです。

高野さん

また、ライフセービングを通じた人や地域とのつながりは、楽しく安全で豊かな社会につながっていきますこれも魅力の一つではないかと思います。

高野さん 現場での声かけや地域の講習会などの活動をしていると、自ずと「人」と深く関わることになっていくんですよね。

自分の所属クラブが活動する地域を深く知ることにもなり、そこにコミュニケーションが生まれて、ますます人や地域とつながっていきます

そして、ライフセーバーは自然災害が起きた時の現場でも「命を大切にしながら人と関わっていく」コミュニケーションをとっています。

そういう人が増えていくと、すごく穏やかで豊かな社会を作っていけるんじゃないかと思っています。ライフセービングをしているとそれを自然に体験でき、構築できるんですよね。

もちろん、これ以上水辺の事故を増やしたくない思いもあります。ライフセービングを広める上でこういった概念も伝えられるのは、とてもやりがいのあることだと思っています。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

「水辺で安全に楽しむための知識・行動」の学び方

──「水辺で安全に楽しむための行動・知識」を一般の人が学べる方法はありますか?

高野さん あります。手軽なところで言うと、JLAが製作した水辺の安全を学べる動画「e-Lifesaving」がおすすめです。リアルなドラマ仕立てになっている動画もあり、学びやすいですよ。しかも、誰もが無料で見ることができます

(画像提供:日本ライフセービング協会)
高野さん

また、体験会や講座といった形では、認定ライフセーバーになるために必要な2つのコース(以下に記載)のショートバージョンを体験できる「サポーター講習会」というプログラムを用意しています。

  • サポーター講習会の2つのプログラム
    ①心肺蘇生法(CPR)+AEDの使い方を学ぶ「BLS」コース
    ②水辺での安全基礎資格「ウォーターセーフティ」コース

高野さん 指導員の派遣に必要な費用のみで、参加者の方の受講料は無料としています。指導資格を持つライフセーバーがどこへでも伺いますので、ぜひ気軽にJLAに相談してください。

講習を受けると、水辺だけではなく他の非常時にも対応できるはずです。例えば、家庭内での事故で「どういう場合に救急車を呼んだらいいのか」など適切な判断ができるようになります。

JLA以外でも、自治体の消防や日本赤十字社などの機関が市民の方を対象とした安全教室などを開催している場合もありますので、そういうところに足を運ぶのも「水辺での事故を防ぐための知識」を学ぶ一つの方法です。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

──「ウォーターセーフティ」について詳しく教えてください。

高野さん 「ウォーターセーフティ」という言葉は資格の名称としても使いますし、「水辺での安全な行動に関する概念」をそう呼ぶこともあります。

決して「水辺は危ないから行かないで、これはしないで」といった考え方ではなく「こうしたら楽しくて安全だよ」という概念だと捉えてほしいです。

多くの方が「水辺で安全に命を守る方法」を知っていて行動できれば、必ず水辺の事故はゼロにできると思っています。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

──教育の現場で「ウォーターセーフティ」は実際どのくらい活用されているのでしょうか?

高野さん 実際に現場でこの教材がどのくらい使用されているのかという明確なデータは無いのですが、少なくともプールがある学校では水泳の授業がありますよね。現在、日本全国の小学校のうち82%、中学校の61%にプールがあるそうです。

子どもたちは、自分の体を水中でコントロールする方法や水辺の安全について、水泳の授業の中である程度は学んでいると思います。ただ、JLAが提供しているウォーターセーフティの講習内容のような、具体的な術を義務教育の中で教えている学校はまだまだ少ないと思います。

しかも、近年はコロナ禍でプールの授業が少なくなったり、子どもたちが水辺の安全について学ぶ機会がますます減っていると考えられます。

私たちはもっと「ウォーターセーフティ」の考えを普及させ、学ぶ機会を増やしたいと考えています。そのために省庁と連携してシンポジウムの開催や水難事故防止に関する事業を実施したり、ライフセーバーによる派遣授業などを少しずつ増やしたりしている状況です。

それにともない、ますますそれを教える人の数も足りない状況になります。ぜひ、義務教育現場の先生方からも、ウォーターセーフティを伝えていただけると嬉しいです

(画像提供:日本ライフセービング協会)

海や川で遊ぶ時、今すぐできる2つのこと

高野さん 海や川へ遊びに行く子どもたちに伝えたいことがあります。まず大前提として、海に行くときはライフセーバーのいる海水浴場の遊泳エリアを選んでください。その上で、海や川などで溺れないために、遊びに行く前にできることとして伝えたいことが2つあります。

  • 子どもだけでは遊びに行かない。必ず大人の人と一緒に行く。
    大人同士でも、海(川)に遊びに行くことを家族や誰かに伝えて出かける。
  • 当日の天気予報を見てから行く。

高野さん この2つを守るだけで全然違うんですよ。天気に関して言うと、例えば「今日は天気がいいけど午後からは風が強くなる」ということがわかれば、「今日は大きなフロート(浮き)で遊ぶのはやめておこう」と判断をすることができます(大きなフロートは強い風が吹くと一瞬で流されてしまうことが多いため)。

もし事前に天気を調べられなかったとしても、ライフセーバーが近くにいたら直接聞いてください。また、大人の方にも守っていただきたいことがあります。

  • 子どもから絶対に目を離さない。必ず手の届く範囲で遊ばせる。
  • サイズの合ったライフジャケットを正しく着用する。
  • お酒を飲んだら、泳がない。

高野さん 1つ目は、「あの辺で遊んでいるな」と思っていても、知らないうちに流されていることはとても多いので必ず守ってほしいです。

2つ目のライフジャケットは「サイズの合った」ものを「正しく」着用することが重要です。サイズが大きすぎるものを着用すると、水に入った時ライフジャケットは浮くのに対し体はどんどん沈みます。その圧力で、顔も水に入っていってしまうため大変危険です。

肩が下がらず、抜けないジャストサイズのものをベルトなどで密着させることが大切です。子ども用のライフジャケットは、ほぼ全てのものに股の下を通すタイプのベルトがついています。

正しく着用していればライフジャケットが抜けるようなことはありませんし、衝撃の吸収や保温の効果も期待できます。

3つ目は言うまでも無いことですが、お酒を飲んだら泳がないでください。過去に「重篤な溺水事故のおよそ3割の方が飲酒をしていた」というデータがあった年もありました。

ライフセーバー・指導者の増員と、教育現場での普及の「両輪」

──現在の課題を踏まえて、今後の対策などについて教えてください。

高野さん ライフセーバーの数がまだまだ少ないことが課題です。現在、ライフセーバーがいる海水浴場は全国のうち2割程度。残り8割の海水浴場はライフセーバーがいないです。

しかも、釣り・ダイビングなど海水浴場以外でマリンレジャーを楽しむ人も多くいます。また、河川・湖で遊んでいる人も多いですよね。

ライフセーバーを増やしたいなら、同時に指導者の数も増やさなければなりません。しかし急激にそれらを増やすことは難しいので、まずは国民一人一人が「溺れないための行動」を知って実際に行動できるという状況を作りたいです。

そのために、まずは大人の方にそれを伝えるための活動を続けていきたいと思っています。

さらに、義務教育にウォーターセーフティの教育などを組み込んだり、地域レベル小さい頃からライフセービングに触れるチャンスを広げたりして、子どもの頃から身に付く仕組みを作りたいです。

高野さん

ライフセーバーとその指導者を増やすこと、教育現場でのライフセービングの普及、その両輪で活動を続けていれば、いずれ水辺の事故は減っていくはずだと思っています。

高野さん また、子どもの頃からライフセービングを学ぶと、人に対して思いやる心も小さいうちから自然と身に付くようになります。そういう考え方が広がる社会になるといいですよね。

このような活動をもっと広げていくために、「人々、特に子ども達の命を守りたい」というJLAの考えに賛同していただける公的機関・民間企業と横断的に手を取り合って、共に広める仲間・組織をもっと増やしていきたいです。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

JLAのこれから

──JLAの、今後のビジョンについて教えてください。

高野さん ライフセーバーの育成と、非常時には正確に救助ができる体制作り。それは今後も着実に進めていきたいと考えています。

また、一般の皆さんには水辺の安全についてWEBや座学で情報をただ知るだけではなく、「体験する」機会をもっと持ってほしいと考えているので、そのために効果的な普及の方法について模索しながら進めていきたいです。

(画像提供:日本ライフセービング協会)

高野さん そして、海などでライフセーバーを見かけたらぜひ気軽に声をかけてください

私たちは皆さんと同じ、水辺を楽しむ「仲間」です。「レジャーシートをどこに敷いたらいい?」といった質問も大歓迎。きっと「今日の潮の流れはこうだから、この辺がいいですよ」などと教えてくれると思います。

危険なときだけでなく、なんでも気軽に話しかけてもらえると嬉しいです!

公益財団法人日本ライフセービング協会(JLA)

〒105-0022 東京都港区海岸2丁目1-16 鈴与浜松町ビル7階

この記事の執筆者

吉田 さやか

不動産管理業・フリーペーパー広告営業・アパレル企業の事務・認知症高齢者向け介護施設スタッフ等の職種を経て、現在は4歳の娘を育てながらライターとして活動中。北陸育ち、関西在住7年、首都圏在住13年目。

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