西宮の奇跡の宮水、日本一の酒どころの品質と味

兵庫県・西宮市には、「宮水」(みやみず)という酒造りに最適な地下水が流れています。日本一の酒どころで、西宮を含む「灘五郷」(なだごごう)で造られる灘酒の品質を支える要素の一つです。

※灘五郷・・・西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷の5つの地域からなる日本を代表する酒どころです。

また、夙川公園の桜、廣田神社のコバノミツバツツジなど見どころも多数ある観光スポットでもあります。

今回は、西宮市都市ブランド発信課の大西翔介(おおにしだいすけ)さんと、西宮観光協会の大野穣一(おおのじょういち)さんに話をうかがいました。

西宮市役所

大西 翔介さん

産業文化局 都市ブランド発信課

西宮観光協会

大野 穣一さん

観光協会職員

室町時代から「旨いお酒」と高い評価

──宮水の発見された歴史的な背景からうかがいます。

大西翔介さん(以下、大西さん)  西宮では室町時代中期から酒造りが行われており、西宮の酒は当時から「旨酒」として知られていました。

室町時代に西宮のお酒を「旨酒」と評価した一条兼良※
引用元:ガウスの歴史をめぐるブログ

※一条兼良(いちじょうかねら)・・・室町時代で摂政、関白、太政大臣を歴任した、最高位の公家です。随筆で西宮の酒を「旨酒」と評価していることから、室町時代から西宮はお酒どころであったことがわかります。

西宮には、「灘の生一本(なだのきいっぽん)」の産地として有名な灘五郷の中の西宮郷と今津郷があり、全国に名高く歴史ある酒どころとして知られています。

お酒造りには水は非常に大切です。江戸時代の1840年に、蔵元(くらもと)「櫻正宗(さくらまさむね)」※の6代目の当主にあたる山邑太左衛門(やまむら たざえもん)が宮水を発見しました。

蔵元・・・日本酒業界で「蔵元」といえば、「酒蔵の経営者」のことを指します。
※櫻正宗・・・灘五郷の一つ、魚崎郷に本拠を構える老舗の酒造会社。創業以来当主は山邑太左衛門を襲名しており、現在は11代目。
6代目山邑太左衛門・・・酒造りに適した上質な水の発見により、灘の酒の品質は大いに向上し名声を得ました。

山邑太左衛門は西宮と魚崎(現神戸市東灘区)で造り酒屋を営んでいました。

しかし、工程が同じなのに西宮で造るお酒の方がおいしかったことに気が付きました。その原因を探ったところ、仕込み水に秘密があることを発見したのです。当時は西宮の水と言われていましたが、それが略され、「宮水」と呼ばれるようになりました。

酒どころの西宮市には酒蔵(さかぐら)※が多い
提供:西宮観光協会

※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯めておくための蔵のことを指します。

三つの伏流水がハイブリッド奇跡の地下水をつくる

──宮水にはどんな特徴があるのでしょうか。

大西さん 北から流れ、お酒の発酵を助けるミネラル成分のリンやカリウムを含む札場筋(ふだばすじ)伏流遠く武庫川(むこがわ)水系に源流を持ち、かつて海であった地域を流れる東の法安寺(ほうあんじ)伏流、そして六甲山(ろっこうさん)方面から流れ、夙川(しゅくがわ)を起源とし、酸素を多く含む、西の戎(えびす)伏流、と3つの伏流水が混じり合っています。

※伏流水(ふくりゅうすい)・・・水がしみ込みやすい土地を川が流れると、水が地中にもぐりこんで流れます。 この水のことを伏流水といいます。

酸素は酒造りの大敵である鉄分と結合し、酸化鉄を形成して除去します。3つの伏流水がブレンドされることで、必要な栄養素がありつつも、鉄分が少ないというお酒造りに適した奇跡の宮水が生まれるのです。

おいしいお酒を支えるには技術者である蔵人(くらびと)※の活躍が欠かせない
提供:西宮観光協会

宮水の誕生は縄文・弥生時代から!?

──宮水誕生は、縄文や弥生時代までさかのぼるようですが。

大野穣一さん(以下、大野さん) 宮水は今でも海岸近くに湧きます。縄文時代は海水が上昇していましたから、全国的に低い土地は海でした。ところが宮水の地帯は、高い土地にありますから、縄文時代から陸地にありました。

※縄文海進時代・・・温暖化にともない、地域により海水上昇は約120mに及びました。時期は、縄文時代の始まり(16,000年前)あたりです。この時代では全国的に現在の陸地が海の中に沈んでおりました。

その当時、貝を食べてそれを貝殻として捨てていたようです。先日も西宮市に古い時代に人が住んでいた遺跡も発見されました。

※貝塚・・・貝類が多くとれていた土地に住んでいた縄文・弥生時代の人々が、日々ごみとして大量に出る貝殻と他の生活廃棄物とともに長年にわたり投棄し続けた場所を指します。

その貝殻の層は地下に積み重なって、そこを地下水が通りますから、カルシウム分が高い水ができあがるのではないかと言われています。

実は宮水はかつて現在位置から100~200mくらいの南側でもわいておりました。しかし海水が侵食してくるので、塩分が多くなり、水として使えなくなったのです。

宮水発祥の地

宮水保全目的で建築事前協議を義務化

──宮水を守るために、さまざまな施策を行っているようですが。

大西さん 西宮市はこれからも宮水を守っていくために、宮水保全条例を制定しています。条例は、開発事業者が宮水の保全対象区域内でマンション建設など一定規模以上の工事を進める際、灘五郷酒造組合宮水保存調査会との事前協議を「義務」としています。

これまでも協議をお願いしていましたが、宮水のことを知らず、協議無しに開発を進めてしまうケースがあったため条例化を図りました。

条例の保全対象区域(斜線部)
引用元:西宮市

大消費地・江戸へ上質のお酒を届ける

──西宮をはじめとする阪神間ではどのように日本酒産業が発展してきたのでしょうか。

大野さん 江戸時代には、伊丹・西宮・灘の酒造家たちは、優れた技術、良質な米と水、酒輸送専用の船によって、「下り酒」と称賛された上質の酒を江戸へ届け、清酒のスタンダードを築いたのです。

※下り酒・・・江戸時代に上方で生産され、江戸へ運ばれ消費された酒のこと。

酒造家たちの技術革新への情熱は、伝統ある酒蔵としての誇りを生み、「阪神間」でのお酒造りの文化を育みました。

六甲山の風土と人に恵まれたこの地では、水を守り、米を育てる人々、祭りに集う人々たちがこの酒造地帯を訪れ、蔵開きを楽しむ人々がともにあり、400年の伝統と革新の清酒が造られています。

西宮市民と宮水の関わり

──西宮市民にとって宮水はどのような位置づけでしょうか。

大野さん 西宮市の小学校では、伝統産業であるお酒造りを学ぶため、酒蔵の社会見学を行っています。

ですから宮っ子はお酒造りと宮水の話はよく知っています。

※宮っ子・・・西宮の地域住民の通称。

お子さん向けのみやたん絵本「奇跡の宮水」
引用元:西宮観光協会

──酒蔵と水は本当に密接にかかわっていますね。

大野さん 水は六甲山系から流れてきます。酒造会社は市の南側にあり、その水をかなり使っています。

そこで大正の終わりから昭和のはじめにかけて、酒造会社が市の水道施設の整備に多大な支援を行いました。西宮市の水道事業には、酒造会社がずいぶんと貢献されているのです。

阪神間モダニズム建築のファンも訪問

──ここからは宮水以外の観光スポットをうかがいます。

大野さん 宮水やお酒どころの観光地に加えて、神社や海岸など見どころは満載です。近年は旅行会社のバスツアーの誘致も行っています。

──このツアーの参加者はどのような方が多いのでしょうか。

大野さん 市内・市外の方々半々で、男女比もほぼ同じです。1回20人くらいの参加者で年間1000~2000人のツアー客が西宮市を観光されています。もちろんその中には酒蔵ファンもおります。

他にも阪神間モダニズム建築も人気があります。甲子園会館夙川カトリック教会など、大正から昭和初期に建てられた建築物が残っていて、多くの人が関心を寄せています。

残念なことにコロナ禍ではツアーは一時お休みしましたが、最近復活し、夙川近辺の当時の建築を巡るツアーを開催したところです。

西宮市には西洋様式の「阪神間モダニズム」建築が残る
引用元:西宮観光協会

4月初旬には桜とツツジが咲き誇る

──話をうかがいますと、宮水以外にも西宮市には多くの魅力がありますね。

大野さん これから3月下旬から4月上旬と本格的に春を迎えます。夙川河川敷緑地(夙川公園)は桜の名所ですからぜひ見てほしいです。

夙川の両岸に南北2.8km・1660本の桜が植えられ、市民の憩いの場所として親しまれています。

夙川公園で咲く桜はとても美しい
提供:西宮観光協会

また、廣田神社には兵庫県天然記念物のコバノミツバツツジが2万株植栽されており、花が咲くころとあわせ4月の第一日曜日に、「つつじ祭り」を開催します。神社の小さな裏山全体に咲き誇っているのです。

夙川公園の桜とほぼ同時期に咲きますので、ぜひこの2つの花の名所を楽しんでほしいです。また、夙川周辺にはケーキやパン屋さんも多く、グルメ・スイーツのエリアとしても人気があります。

3月末から2週間にかけてですがこの界隈でスタンプラリーを行うことを考え、景品が当たる企画を計画しています。

市花がさくらということもあり、市内には夙川公園以外にも桜の木が多くみられ、お花見スポットもたくさんあります。

また西宮市のシンボル的な山・甲山(かぶとやま)もぜひ紹介したいスポットですね。

特徴的な丸い形をしたこの山は、都市部から気軽に行け、標高も低いことから、気軽にトレッキングやアウトドアを楽しむことができるスポットとして人気があります。

兵庫県第一の古社「廣田神社」には、コバノミツバツツジが群生しています
提供:西宮観光協会
廣田神社は、奈良時代に成立した歴史書・日本書紀に創建の由来が書かれています
提供:西宮観光協会

武庫川の渓谷沿いのハイキングは隠れスポット

──季節によって西宮市の楽しみ方は違いますね。ほかの季節はいかがでしょうか。

大野さん むかしは機関車が走っていました旧国鉄福知山線廃線敷が、今はハイキングコースになっています。

武庫川の渓谷沿いに続く約4.7㎞の廃線敷では、春には桜、初夏は新緑、秋には紅葉のシーズンには多くの行楽客でにぎわっています。アップダウンもありませんから、2時間ほどの散策にはちょうどいいです。

各シーズンには1日には2000~3000人がハイキングしており、西宮市の隠れスポットといえる観光地です。

観光に力を入れる西宮市

──これから、西宮観光協会の目指す方向性とは。

大野さん なるべく多くの方に西宮市を観光してほしい。関心のある方であればすべてウェルカムです。

決して、西宮市民限定のツアーを開催しているわけではなく、市内・市外の方いずれも西宮市を知って、愛着を持ってほしいのです。以前は、北海道や沖縄からも参加されています。

阪神甲子園球場は、西宮市甲子園町にあり、春の選抜・夏の大会に全国から選手やご家族などの皆様方が応援に来ますが、その後、西宮市を観光されていることは大変ありがたいことです。

実は2月中旬のタイミングでは西宮市は私立高校・大学の入試シーズンです。そこで日にちに余裕があった時には、ツアーに参加された方もおります。

観光をされた方が、「西宮市」はよかったといわれるようになりたいですし、口コミによってさらに観光される方が増えていけば望ましいことです。

この記事の執筆者

長井 雄一朗

建設業界30年間勤務後、セミリタイアで退職し、個人事業主として独立。 フリーライターとして建設・経済・働き方改革などについて執筆し、 現在インタビューライターで活動中。

新着記事