新潟県・魚沼(うおぬま)市はコシヒカリで有名な米どころです。
美味しいお米が栽培される場所は、水も名水。特に魚沼市のお水は超軟水で、口当たりがとても良いことで知られています。
味噌のメーカーの第一人者であるマルコメ株式会社は、米糀(こめこうじ)※や糀甘酒(こうじあまざけ)※の生産拡大を検討しました。
その後、全国約40数ヵ所の中を検討した結果、最終的に魚沼市に工場を設置し、魚沼醸造を設立しました。今は工場見学などで地域の有力な観光資源にもなっています。
今回は、名水を活かした商品づくりに励まれる魚沼醸造株式会社営業本部EC事業課の大原直木課長に話をうかがいました。
※米糀・・・蒸したお米に麹菌を種付けし、繁殖・発酵させたもの。みそ、しょうゆ、みりんという伝統的な醸造調味料は、いずれも米糀の力を利用して製造する。
※糀甘酒・・・米糀と蒸したお米を材料に、昔から飲まれてきたとてもシンプルな飲み物。「飲む点滴」と言われるほどに栄養豊富で、江戸時代には夏の飲み物として親しまれた。
今、米糀を使った糀甘酒がブーム
――マルコメ株式会社※が魚沼醸造株式会社を設立した背景から教えてください。
大原直木さん(以下、大原さん) 魚沼醸造は、長野県・長野市に本社を置く、味噌で有名なマルコメのグループ会社です。
※マルコメ株式会社・・・創業は1854年(安政元年)。日本を代表する味噌メーカーの一社として著名な企業。
※魚沼醸造株式会社・・・マルコメのグループ会社。約4万㎡の敷地の工場で米糀や糀甘酒などの糀製品を生産。
工場に加えて一般のお客様が見学できるエリアやカフェ、ワークショップ、発酵食品について学べる体験型施設になっている。
大原さん 2015年以降、米糀を使った糀甘酒が認知され売れ始めていました。特に最近の記録的な猛暑の影響で糀甘酒が予想以上に売れています。
そこで、この糀製品に注力することに決めました。
当初のマルコメは、長野県に製造工場を構えていました。しかしキャパシティー的に製造するのは厳しくなり、そこで新たに工場を建設することにしました。
魚沼の超軟水が工場建設の決め手
――全国で工場の候補地があったと思います。そこで魚沼市に最終決定した決め手はどこにあったのでしょうか。
大原さん 選定段階では全国40数ヵ所を視察・検討し、最終的には魚沼市での工場建設を決定しました。2017年に魚沼醸造を設立、2018年12月に工場を建設、現在稼働中です。
工場選定の決め手になったのは、魚沼市の硬度10前後の超軟水です。
ちなみに日本の水は通常、硬度80前後です。この超軟水を利用して糀甘酒をつくる際にはお米を蒸しますが、この作業に適しています。
また、麹菌の生育がとても良いことも好条件です。お米を蒸す時に、米粒の外側は硬く、内側は柔らかいお米(内軟外硬)だと良い米糀になります。
魚沼市の水を使うと、理想の米糀を生産できるのです。
米糀以外にも、塩糀を生産しています。魚沼市のお水を使うことで、味も良くなっています。商品パッケージは特に変えていませんが、お客様から「美味しくなった」とのお声があり、私たちも驚いています。
良質な米糀をつくるに適した地でもある
――やはり魚沼市のお水が工場建設の決め手だったのですね。ところで、魚沼市と言えばお米でも全国でも有数な名産地ですがこの点はいかがでしょうか。
大原さん 魚沼といえば、お米の美味しい地域です。お米が美味しいということは、米糀などの糀製品も美味しいのです。
魚沼市に工場を建設した理由は、大きく分けてお水とお米にありますね。
――今や世界最大級の米糀工場ですが、この施設の内容について教えてください。
大原さん まず米糀や糀甘酒の生産機能から紹介します。
お米の入荷後、世界最大級の蒸米機(じょうまいき)※や屈指の生産量を実現する円盤型製麹(えんばんがたせいきく)装置※で米糀をつくっています。
さらにプラスして、糀甘酒をつくる撹拌機(かくはんき)や、加熱台(かねつだい)などを装備しています。
※蒸米機・・・最適な蒸気で米を蒸し上げる機械。
※円盤型製麹装置・・・麹をつくるための麹室の一種で「円盤」と呼ばれることが多い。 大量生産に向いているため大手メーカーなどでは一般的に導入している。
大原さん 糀甘酒は原液を作っていますが、最終の商品まで充填していません。塩糀は最後の充填まで行い、出荷するなどパッケージ工程も行っています。
施設として、約40名を収容するシアタールームを併設。世界一巨大な蒸米機や世界屈指の生産量を実現する円盤型製麹装置などを実地で見学できます。
次に、発酵食品や魚沼に関する情報発信拠点としての機能も。具体的には水曜日はお休みですが、一般のお客様をお迎えするカフェスペース「魚沼糀サロン」を開設しています。
カフェスペースを設置し、セレクトショップも用意
――その「魚沼糀サロン」を詳しくご説明お願いします。
大原さん 広いサロン内は、手づくり糀甘酒のソフトクリーム、コーヒーなどを楽しめるカフェメニュー、発酵食品をテーマにしたライブラリー、日常の食生活を豊かにするセレクトショップを用意しています。
特に糀甘酒のソフトクリームは一番人気。
牛乳は石川県能登地方のものを使い、糀甘酒を加えることで味がとても濃厚になります。お客様の中には、「クリームチーズの味ですね」と表現される方もいらっしゃるのです。
サロン内で販売しているパンは、地元のパン屋さんが製造し、塩糀を材料に使っています。
またサロンには蛇口があり、「魚沼のお水」を楽しめます。超軟水でまろやかな口当たりで、おいしい水が自由に飲めるので、ぜひご賞味ください。
また、糀甘酒を楽しく学べるキッズコーナーや、環境にやさしい雪室の見学、糀甘酒を使った手作り石鹸のワークショップなどを開催しています。
観光資源としての工場でも高い評価
――観光という側面からも、工場解説をお願いします。
大原さん なるべく多くの方に魚沼醸造を知って欲しい。そこでブランディング化の側面として、先ほど説明したカフェスペースや工場見学も営んでいます。
観光という側面から見れば、魚沼醸造の工場は一つの観光資源として多くの方にご活用いただくことを願っています。
魚沼市や一般社団法人 魚沼市観光協会と連携しながら、集客や誘客を進めています。設備的にはインバウンドにも徐々に取組み、コロナ明けということもあり訪日外国人の方も増えてきました。
――基本的な質問で恐縮ですが、魚沼醸造の工場で生産された商品は一般のスーパーで販売しているのでしょうか。
大原さん 工場で製造しているマルコメの製品は、全国のスーパーで販売しています。
一方、魚沼醸造ブランドの商品は新潟県内の一部スーパーでのみ取り扱っています。魚沼産コシヒカリを使った、糀甘酒、塩糀、醤油糀などはオンラインショップと、近隣の道の駅のみの販売になります。
限定販売は魚沼醸造のブランディング化が狙い
――限定された販売方式の狙いはどこにあるのでしょうか。
大原さん ブランド戦略的な側面が大きいです。
原材料に魚沼産コシヒカリを使用しています。
当社としては糀製品をより多くの方にお届けしたいので、できるだけお客様と近いところで販売できる点も含めて取り組んでいます。
当社の理念や想いに賛同していただける企業様と、今後は一緒に販売する可能性はありますが、現段階ではこのような販売を続けていく方針です。
――大変、ブランディング戦略も練られていますね。
大原さん 魚沼醸造をブランディング化していくと、マルコメの商品を多くの方に手に取っていただく機会も増加。両社のシナジー効果を狙っています。
実はマルコメ商品の中にも、「この商品は魚沼醸造でつくっています」というロゴが入っています。そのロゴの方が、マルコメのロゴよりも大きいことが特徴です。
大原さん 当社も工場を清潔にし、見学者も積極的に受け入れ、安全・安心の環境で商品を生産し、特別な商品を製造していることをアピールしています。
こうした地道な活動ではありますが、魚沼醸造のブランド力向上と認知を拡大している段階です。
最終的にマルコメの商品での魚沼醸造のロゴが入ると、お客様からお手に取って頂く機会が増えるといいですね。
ーー次に、オンラインショップの中のスイーツ商品は美味しそうですね。
大原さん 世界で活躍するパティシエ・辻口博啓氏やジェラート大使と呼ばれる柴野大造氏が監修されたスイーツを提供しています。商品はロールケーキ、ドーナツ、フォンダンショコラ、ジェラートです。
我々は糀甘酒を甘味料としてスイーツにも利用できる点をプロモーションしました。お土産で持っていかれる方も多いですね。
越後三山の雪解け水の伏流水から魚沼の水へ
――さて話は変わりますが、『ミズテル』は水にフォーカスした媒体ですので、こちらで利用されている水についても伺いたいのですが。
大原さん 魚沼糀サロンから越後三山※が真正面に見えます。その越後三山の豊かな雪解け水が地中に流れ伏流水(ふくりゅうすい)※となります。
当社の100mの地下からその伏流水をくみ上げ、工場で使用する水として賄っているのです。外にも湧き水を汲める施設を整えています。
地元の方やキャンピングカーやアウトドアで使用される方は結構いらして、リピーターの方も多いですよ。
※越後三山・・・新潟県南東部にある八海山・越後駒ヶ岳・中ノ岳の総称。三山全域が越後三山只見国定公園に指定されている。
※伏流水・・・水がしみ込みやすい土地を川が流れると、水が地中にもぐりこんで流れる。この水のことを伏流水という。
大原さん 長野市のお水の硬度は約50~60と言われています。繰り返しますが、魚沼のお水の硬度は10前後で、飲むと身体にしみていく感覚です。
魚沼のお米が美味しいのは、お米にもお水がしみわたっていくからではないでしょうか。
ある時、地元の老人会で講義をする機会がありました。
私が「魚沼のお米を魚沼のお水で炊くととても美味しい。皆さんはいかがですか」と問いかけたところ、参加者の方々は「普通ですよ」と答えられました。
地元の方からすると子供の時から慣れ親しんだ味なので、普通という感覚かもしれません。しかし外部の人間からすると、絶品です。
魚沼市の魅力をもっと世に知ってほしいです。お水があってお米が育ち、それで美味しいごはんが炊けるというスト―リーづくりを試みており、一般社団法人魚沼市観光協会とともにいいアイディアを検討中です。
枝折峠の滝雲はこの世の絶景
――大原さんだからこそ知る、ベストチョイスの観光地教えて欲しいです。
大原さん まず一度は訪れて欲しい観光地は、枝折峠(しおりとうげ)※の滝雲です。滝雲は雲がまるで滝のように流れ落ちる現象で、まさに幻想的な風景ですね。
この絶景を求め、全国からカメラマンが殺到しています。ただ冬に入ると、枝折峠の周辺道路が冬期閉鎖となり、枝折峠駐車場へ行くことが出来なくなります。
※枝折峠・・・新潟県魚沼市にある峠。国道352号上に位置し、標高1065m。
大原さん 魚沼は常に雪がある土地なので、雪も綺麗です。晴天に恵まれた時であれば銀世界が一斉に輝く土地になるのです。
魚沼は水にかかわる風景がどれもとても美しい。
魚沼の冬は長く、4月になって春が訪れます。魚沼市には実は、「雪の上でも咲く桜」という信じられないアンマッチングな光景を楽しむことができます。
魚沼市の福山峠で見ることができる「雪上桜(せつじょうざくら)」が最近話題になっています。
魚沼市の福山地区は、4月でも雪が残ります。園内にソメイヨシノやオオヤマザクラなど、約100本もの桜が植えられています。見ごろは4月の中旬から下旬にかけてです。全国各地よりも一足遅い時期に桜が咲くのです。
私の中では、魚沼市のこうした光景もとても美しいと感動しています。
――最後の質問ですが工場は今後どのように進化していくのでしょうか。
大原さん 糀製品を大容量でつくることからスタートしました。糀の製造会社としては、小規模の商品や特徴のある糀をつくることでさらに多くの人のお役に立てるようになりたいです。いずれ砂糖の代わりに甘酒が使われるような世界が普通になる時代が来るかもしれません。
次にお米からつくった甘味料を生み出す世界もつくっていきたい。そうなった時に、工場ではより多くの種類の商品をつくっていかなければなりません。そのために現在、魚沼醸造のブランディングも含めて展開中です。
魚沼醸造株式会社
〒946‒0035 新潟県魚沼市十日町1791‒10
TEL:0120-060-070(9:00〜17:00【年末年始を除く】)
営業時間:10:00~16:00
(工場見学は10:30〜/11:30〜/13:00〜/14:30〜【要予約】)
※休館日:毎週水曜、年末年始
※その他、不定期で休館となる場合があります。