静寂の中に星が降るように見え、名温泉を楽しむ贅沢な宿——丸沼温泉 環湖荘

群馬県・片品村の美しい自然に囲まれた丸沼湖畔に佇む一軒宿が隠れ家的な存在として、最近クローズアップされています。

その宿の名前は「丸沼温泉 環湖荘」、1933年(昭和8年)にこの地に開業しました。初夏には色鮮やかな新緑、秋には感動の紅葉が広がる素晴らしい景観です。
夏でも日中の気温は25℃~28℃位と最高の避暑地として知られています。

鱒の養殖が始まった明治のころより貴族議員、学者、文人たちが集い、釣りなどを楽しんだと言います。今回は、「丸沼温泉 環湖荘」の支配人である宇津一喜さんにお話しをうかがいました。

丸沼温泉 環湖荘

宇津一喜さん

支配人

フライフィッシングの聖地 丸沼

丸沼では大正時代には貴族や学者が集まり、釣りを楽しんだ

──「丸沼温泉 環湖荘」と丸沼温泉の歴史から教えてください。

宇津一喜さん(以下、宇津さん)  群馬県利根郡片品村にある丸沼温泉の開湯時期は、はっきりしていませんが、18世紀には利用されていることがわかっています。

鎌田温泉、片品温泉、幡谷温泉とともに「片品温泉郷」を形成しています。ここは標高1430mに位置する、豊かな湧水と湯量豊富な天然温泉の宿です。

大正時代、浪漫と癒しを求め多くの釣り人達がこの地を訪れたことから始まり、昭和に入ってから「丸沼温泉 環湖荘」を開業しました。
昭和から令和まで、色あせることの無い奥日光の自然を求めて、毎年多くの方々にお越しいただいております。

「丸沼温泉 環湖荘」の前には丸沼という湖畔があり、1912年(明治45年)から鱒(マス)の養殖をしてきました。

※丸沼・・・日光国立公園の特別保護地区内の中でも、ひときわ神秘的な自然が展開する湖畔。新日本観光地百選湖沼の部で同じ群馬県片品村の菅沼とともに1位になったことがあります。

そこで湯川に釣りに来られていた貴族議員の方々が、丸沼のことを聞きつけて釣りに来られたことが、丸沼の歴史のスタートです。

1914年(大正3年)には、日本最古のフライフィッシングクラブ「丸沼鱒釣会」(まるぬまますづりかい)が結成されました。

※丸沼鱒釣会・・・明治から昭和にかけて、貴族議員など上流階級では釣りブームがあり、会員から丸沼は大変気に入られ、会の結成につながりました。

丸沼鱒釣会の資料では、会員がニジマスを大量に釣って大喜びした記録があります

フライフィッシングは英国商人トーマス・グラバーが日光市の湯川と湯ノ湖に、カワマスを放流して始めたのが発祥です。そこで日光市の湯川と湯ノ湖とともに、丸沼は、フライフィッシングの聖地と呼ばれているんです。

初代会長は当時外務大臣であった加藤高明です。この方が中心となり、メンバーは貴族議員、政治家、学者など21名から構成され、丸沼に集まってきました。

※加藤 高明・・・丸沼鱒釣会会長当時は、第2次大隈内閣の外務大臣。内閣総理大臣(第24代)などを歴任した。

丸沼鱒釣会の発足後、栃木県・日光市から群馬県・丸沼への道路が整備されたこともあり、1933年(昭和8年)に「丸沼温泉 環湖荘」がオープンしました。

開高健など名だたる作家が定宿に

宇津さん 丸沼は釣りの歴史から始まり、それが旅館のオープンにつながったのです。

また作家の開高健、文豪の幸田露伴や井伏鱒二(いぶせますじ)も「丸沼温泉 環湖荘」を定宿とし、露伴はここを舞台に小説『対髑髏』(たいどくろ)を残しています。

※開高健・・・組織と人間の問題を扱った『パニック』『裸の王様』や、ベトナム戦争取材の体験をもとにした『輝ける闇』などがあります。趣味の釣りについて世界各地での体験を綴ったエッセイ『フィッシュ・オン』『オーパ!』などでも知られています。

※幸田露伴・・・作家。『風流仏』で評価され『五重塔』『運命』などの文語体作品で文壇での地位を確立しました。「露伴、漱石、鷗外」と並び称され、日本の近代文学を代表する作家の一人です。

※井伏鱒二・・・作家。『山椒魚』『黒い雨』が代表作。筆名は釣り好きだったことによります。

『対髑髏』・・・山深い両毛国境での峠越えで道に迷った旅人の、湖畔の宿での夢幻的な体験を描いた小説です。

丸沼の釣りのポイントには名前がついているのですが、その一部は開高健が名付け親になったものもあるんです。

前支配人からの話によると、開高健は湖畔寄りの部屋よりも少し奥まった部屋を好まれたと聞いています。

当時、裏手には従業員の部屋がありましたが、夜にいろりを囲んで従業員と一緒にお酒を酌み交わしていたという逸話もあります。

新緑、避暑地、紅葉と季節によって魅力はさまざま

紅葉の時期での丸沼から見る山々は美しい

──丸沼という湖畔や近隣の木々などが魅力をさらに引き立てているように感じました。

宇津さん 丸沼周辺の木々は、6月中旬まで一面黄緑色の新緑で絶景を見渡せるのです。この時期、尾瀬の水芭蕉も見頃を迎えます。

例年、夏は暑いですが今年は特に暑い。丸沼は標高が高い分、避暑地として最適で、客室にはクーラーは設置しておりません。

夏は朝晩の気温は15℃前後まで下がるため、非常に涼しく過ごしやすいです。秋は紅葉シーズンを迎え、丸沼周辺の木々は紅葉に染まり、本当にきれいです。

──どのような方がお越しになりますか。

宇津さん 丸沼は、フライフィッシングで大変知名度の高い場所なので、毎年多くの釣り人にお越しいただいております。

その他にもボートを楽しまれる方やファミリー層、避暑の時期だと夏でも非常に涼しいことから一週間位滞在される方もいらっしゃいます。

秋になると、紅葉と温泉を楽しむ年配のご夫婦も多くいらっしゃいます。

また5月の下旬から10月までは、学生の林間学校や修学旅行などの団体様にもご利用いただいております。

丸沼の四季折々の姿が、都会から来たお客様の目を楽しませているんです。遊歩道を散歩したり日光観光等、楽しみ方もさまざまで、ゆっくりとした時間が過ごせます。

またコロナ禍の期間は、アウトドア志向が高まり特に釣りに関連するお客様が増えました。その後コロナ禍が明け、6人規模の小団体のお客様やグループでのご宿泊も徐々に増えてまいりました。

標高1430mという高い場所に位置するため、夏は過ごしやすい

木々と静寂に囲まれ、過ごしやすい避暑地。

──「丸沼温泉 環湖荘」は自然にあふれ、魅力ある宿泊施設ですね。

宇津さん 標高1430mに位置し、周辺には環湖荘以外は何も建物がありません。そのため、隠れ家的な存在として愛されてきました。

また温泉も当館の自慢のひとつです。源泉48℃毎分200ℓと、大変豊富な湯量を誇っています。
すべての浴場は、ろ過機だけを通しそのまま浴槽へかけ流し、シャワーも温泉と同じ湯を使用しています。清掃時間を除いて源泉かけ流しでいつでもご利用可能です。

泉質は中性低張性高温泉でいわゆる名湯と呼ばれる温泉に多い泉質で、無色透明、ほぼ無臭のクセがない単純温泉。神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺などに効用があります。

源泉かけ流しで豊富な湯量を誇る

「虹マス風呂」

──大浴場などの温泉施設も大変好評のようですね。

宇津さん 大浴場が2か所、貸切風呂が2か所あります。大浴場は、緑に囲まれているため、露天風呂のような開放感を味わい、自然の中で入浴いただいているような雰囲気を楽しめるんです。

メインの浴場である「虹マス風呂」は、入り口正面の水槽で虹マスが泳ぐ様子を眺めることができます。湯船中央の虹マスのモニュメントからは、天然温泉の源泉湯がかけ流されています。

家族風呂では、シャクナゲの湯(熱め)とミズバショウの湯(ぬるめ)の2タイプをご用意ご家族水入らずで、入浴していただけます。鍵が開いていればいつでもご利用可能です。

備品はシャンプー・コンディショナー・ボディソープ、乳液・化粧水などもそろえています。

天文ファンからも絶賛の声 観察と撮影の場に

──話は変わりますが、夜空の星がとても美しいと評判ですね。

宇津さん 丸沼の夜空は、都会では見ることのできない美しい星々を見ることができます。天の川や数多の天体を眺められるポイントとして、天体観測ファンの間では有名です。

「丸沼温泉 環湖荘」以外には大きな灯がほとんどないので、一年を通して色々な星座を楽しめます。

天体ショーを満喫しながら、天体写真を撮影するためにお越しになられる方もいらっしゃいます。

星の観察や撮影には非常に向いている地域です。

山の恵みをお客様に丁寧に提供

食は、「地産地消」を心がける

──「丸沼温泉 環湖荘」でご提供される料理についてはいかがですか。

宇津さん 丸沼温泉 環湖荘は山の中にあるので、豪勢というほどの料理は提供できません。淡水魚の炭火焼、山菜や舞茸などを使用した料理がメインです。

基本的に「地産地消」を心がけています。特に片品村は舞茸の名産地で、春の時期には山菜がでるので、それぞれ天ぷらで提供しています。

季節によって旬の食材があるので、食事内容も変わります。次に淡水魚では、山女魚やイワナの塩焼きを炭火の囲炉裏で丁寧に一匹ずつ焼いてお出ししています。

登山では日光白根山が人気

環湖荘からのアクセス:白根山菅沼登山口まで車で20分 ロープウェイルートであれば乗り場まで車で10分

──周辺の観光についてはどのようなところがありますか。

宇津さん 目的によって異なります。登山が目的だと、関東以北最高峰で有名な日光白根山(標高2578m)がオススメです。

景観に優れ、高山植物も豊富なことから、日光国立公園の特別保護地区に指定され、都会では味わえない絶景を堪能できます。

全国的に知名度の高い尾瀬は、車で1時間と好アクセスです。春には水芭蕉、夏のニッコウキスゲ、秋の紅葉シーズンと季節ごとに楽しめます。

また丸沼温泉 環湖荘は、群馬県片品村にあり、栃木県日光市と隣接しています。

日光といえば、「日光東照宮」「中禅寺湖」「華厳の滝」「日光江戸村」と日光界隈の観光を楽しまれる方が多いです。

逆に群馬県方面は、「富岡製糸場」沼田市の吹割の滝が好評です。

──お土産はどのようなものがありますか。

宇津さん 虹マスや山女魚のみそ漬けを手作りして販売しています。

「丸沼温泉 環湖荘」の開館期はGW前から11月末

──丸沼温泉 環湖荘は、冬の期間は道路の関係で閉館されるそうですね。

宇津さん 毎年11月下旬から4月下旬頃迄冬の間、旅館は一時閉館します。毎年4月の金精道路開通に合わせて開館いたします。

一般国道120号の金精道路は、冬から一部区間(日光市湯元から群馬県片品村までの17.6km区間)が積雪のため通行止めとなります。2023年は、4月25日の通行止め解除に合わせ、「丸沼温泉 環湖荘」を開館しました。

──最後にお客様に向けて一言お願いします。

宇津さん 丸沼温泉 環湖荘は今年90周年を迎えました。これもひとえに皆様のご愛顧のおかげと深く感謝申し上げます。この90年間、本当に多くのお客様に愛され、支えられてまいりました。

これからも、昔ながらの親しみやすいおもてなしやサービスを提供していきますので是非、皆様のお越しをお待ちしております。

丸沼温泉 環湖荘

〒378-0414 群馬県利根郡片品村東小川4658-7
TEL:0278-58-2002

この記事の執筆者

長井 雄一朗

建設業界30年間勤務後、セミリタイアで退職し、個人事業主として独立。 フリーライターとして建設・経済・働き方改革などについて執筆し、 現在インタビューライターで活動中。

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