数馬酒造㈱は、海山の自然に恵まれた石川県・能登町に位置する酒蔵(さかぐら)※として有名です。
※酒蔵・・・お酒を製造し、貯めておくための蔵のことを指します。
奥能登を代表する清酒「竹葉(ちくは)」を製造・販売し、特に地元の契約農家が栽培する能登のお米と良質なお水にこだわってお酒造りを行っています。
今回は、その数馬酒造の数馬嘉一郎代表取締役、そして女将の数馬しほりさんご夫妻にご登場いただき、持続可能なお酒造りなどについて話をうかがいました。
数馬酒造
数馬 嘉一郎さん
代表取締役
数馬酒造
数馬 しほりさん
女将
お酒造りはお神酒から始まった
──数馬酒造の歴史からお願いします。
数馬嘉一郎氏(以下、数馬社長) 日本酒の創業は1869年(明治2年)ですが、それ以前から醤油製造を生業としていました。
地域に神社があり、数馬酒造初代が祭りの世話係を担当していた時に、お神酒(おみき)※を造ったところ、大変評判がよかったのです。
※お神酒・・・神様にお供えするお酒のこと。
お水にも関係しますが、醤油造りでの「仕込み水」が日本酒にも適していたことや、周辺の皆さまからの勧めもあり、お酒造りにも着手したと聞きます。
銘柄「竹葉」は超軟水で抜群の口当たりの良さ
──そのお水はお酒造りには大きなポイントですね。
数馬社長 日本酒の成分の約8割はお水で構成されています。まさに味わいを左右する重要な原材料の一つです。
お水は地域の資源そのものです。土地の地形によりお水は変わっていくので、地域と親和性が高い原材料といえます。
──硬水と軟水でお酒にも味わいが異なりますが、数馬酒造ではいかがでしょうか。
数馬社長 銘柄「竹葉」は口当たりの良さを味わいの基調としていますが、これは弊社の仕込み水が超軟水だからだと思っています。
ほかの地元の酒蔵の方は、一般的に石川県・能登地方全域は軟水が多いとおっしゃっています。
──数馬社長は小さいころから経営者になる夢があったそうですが。
数馬社長 もともと、小さいころから経営者になることが私の夢でした。これは実家が酒蔵を経営し、祖父や父の後ろ姿を見て自然と自分も経営者になりたいと思っていたのです。
いずれ経営者となるからには、今後のために多くの経営者と会える仕事を経験したいと考えていました。そこで卒業後は、生の経営課題について学べる人材コンサルティングに就職しました。
そこで多くの経営者と会い、「経営者となるための心得」「日々大切にしていること」など、経営に関するあらゆることをうかがう機会を得たことはよかったです。
当時、お会いした経営者が使われていた言葉や物事の捉え方や考え方が魅力的で、コミュニケーションのありようなど学べた点が多かったですね。
「できる先輩」の真似をし、自分の個性も加えたサラリーマン時代
──サラリーマン時代に得たことや経営学の本も大きな学びとなったと語られていますね。
数馬社長 その後同じグループのリフォーム部門の営業に異動になったのです。
最初は先輩全員に同行し、一番、成果を出していた先輩のトークの真似から入りました。
相手からの質問の切り替えしでも、その先輩から答え方を聞き出し、それに自分の個性や考え方もプラスし、営業に望んでいたのです。
今も日々さまざまな人と会うので、良いと思うことは積極的に採用しています。一方、一時は導入してもこれは違ったと後で気が付けば、やめることにしているのです。
また、読書も好きですが、特にマネジメントの父・ピーター・ドラッカー※の本は毎年読んでおります。
※ピーター・ドラッカー・・・人類史上初めてマネジメントという分野を体系化した経営学者。
特にドラッカーは、著書の中で「強みに特化する」「機会に集中する」「人を大切にする」という点を一貫したメッセージで発信しております。
これは経営にとって普遍的な真理といえるのです。
この点をぶれないように、原点に立ち戻るようにしています。ほかの著書でも切り口は異なりますが参考になる本は多いです。
ドラッカーの本で興味深く、チェックする部分はタイミングによって毎年異なっています。
そこで現在の経営について自分がどこにフォーカスしているのかを知る上でも、ドラッカーの同じ本を違うタイミングで読むことを習慣化しています。
数馬社長の事業継承の決断
──サラリーマンでいろんな学びを得ている中で、家業の手伝いをお父さんからお願いされたそうですね。
数馬社長 東京でサラリーマンを続けていくうちに、実家の父から、そろそろ家業を手伝ってほしいといわれ、能登に帰りました。
帰ってから父が、地元の信用金庫の理事長に就任することを知らされたのです。
そこで父から、「来月から数馬酒造の社長を継いでみるか」と聞かれ、私の意志はもともと固まっていましたので「はい」と返事をしました。
銘柄「竹葉」には実はもう一つの由来の説があった
──お酒の銘柄については。
数馬社長 数馬酒造の銘柄である「竹葉(ちくは)」は、仕込み水に使っていた笹川の上流に生い茂る笹の葉が由来です。
また日本酒は中国の故事が由来のようですが、昔「竹葉(ちくよう)」とも呼ばれていました。
この二つの由来をもとに、代表銘柄を「竹葉」と名付けています。日本酒にとってお水は銘柄の名前にも影響を与える一例ともいえます。
しかし、実は他にも説があります。最初にお神酒を仕込んだ方が虎を好んでいました。当時、虎は強い生き物として象徴的な動物でした。
虎は笹に生息していると言われているので、お酒の王者になるという願いを込めたともいわれています。
次に笹は、まっすぐに天に向けて成長しますから、お酒造りの頂点を目指すという思いも込めているなどの諸説が数馬家には伝わっています。
「竹葉」の由来は、おおむね最初に説明した説を紹介することが多いのです。しかし、私は後者の説である「竹葉」はお酒造りの頂点に到達して欲しいという願いを込めた話の方が好きです。
ものづくりは3つのコンセプトにこだわる
──お酒造りのコンセプトについては。
数馬社長 数馬酒造のものづくりでは、次の3つのコンセプトがあります。ホームページにも掲載しており、これらがものづくりの根本的な考え方です。
地域資源を最大限活用し、原料米は100%能登産使用
──こうしたものづくりのコンセプトを通じてさまざまな地域課題にチャレンジしているようですが。
数馬社長 ほかの地方と同様、能登にも過疎化から発生する「耕作放棄地」の問題もあります。そこでパートナー農家である㈱ゆめうらら様のご協力のもと「耕作放棄地の開墾」に着手し、地域を蘇らせる取り組みも展開中です。
耕作放棄地は東京ドーム6個分、農地は100軒以上に及ぶ地主からお借りしている土地を水田に再生しました。
こうしてお酒造りを通じて、地域の過疎化や耕作放棄などの課題解決にも強い手ごたえを感じているのです。
──数馬酒造におけるSDGs(持続可能な開発目標)※への取り組みのご説明をお願いできますか。
数馬社長 2014年より能登の耕作放棄地の開墾や地域資源の活用を通じて、持続可能なものづくりに着手しました。
※SDGs ・・・2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。
SDGsの国連サミット採択は2015年ですから、その前からSDGsへの取り組みを行っていたのです。
SDGsが広まったときに、数馬酒造の理念に近いと考えました。SDGsに共感する内容が多く、これに沿って伝えた方が、社内外にも伝わりやすいと感じました。
このSDGs経営の前に、「会社として圧倒的に正しいことをしよう」を掲げていました。
近江商人の「売り手よし・買い手よし・世間よし」の三方よしが有名です。それに「地域よし・社員よし・未来よし」を加えた六方よしがすべて「イエス」であれば、会社として圧倒的に正しいことにつながるのです。
そしてその六方よしが発展し、SDGs経営を採り入れて現在に至ります。
──このSDGs経営について女将さんである数馬しほりさんは、付け加えることはありますか。
数馬しほりさん SDGsの取り組みとして、数馬酒造は2022年に、日本酒造りに使用する原料米の調達で能登産100%を実現しました。
私たちは、「醸しのものづくり」で能登の魅力を高めることが使命です。その使命をもとに能登産のお米を使った日本酒で地域に貢献したいという思いがあります。
能登産のお米、お水のほか、海藻から抽出された酵母も使用。
今、開発途中ですが石川県産のお花を使った酵母の研究開発を進めています。
地域に根差した酒造会社だからこそ地産地消への想いも強い
──お酒造りにあたり、非常に地産地消に対する思いが強いですね。
数馬社長 数馬家の代々当主は地域に対する思いが強いです。祖父や父は、「能登に対してどう貢献できるか」を食卓でも会話をしていました。
私も同様に、「能登を大切にする」考えが、自然と幼いころから備わっていました。
能登で酒蔵を事業継承してどう経営していくかを考えた際、能登ならではのお酒造りをしていかなければならないと考えています。
だからこそ、お米やお水のほか多くの原材料は能登産を使いたいと強く思っています。数馬酒造のお酒造りがもし他県産の原材料を使用するのであれば、能登で酒蔵を経営する意義は弱まるでしょう。
そして先ほどの繰り返しになりますが、能登がよりいい地域のなるためには、農業技術の向上は欠かせません。それは農業に従事される担い手の確保にもつながります。
そこで私どもでは、地域の原材料を積極的に使用することにこだわりをもっています。
地域食材に寄り添う日本酒シリーズも発売
──また、地域を大切にされている中で、能登の地域食材に寄り添う日本酒「竹葉の食材特化シリーズ」も発売されていますね。
数馬社長 理念と日本酒を通して、能登を知っていただき、能登に足を運んでくださる方が増えることを願い、食材や特産品に特化した日本酒を展開しました。
課題解決でいえば、自分の同世代が日本酒を飲むときに何を頼んだらいいかわからないとの声を聞いていたので、特定の食材に特化した商品を開発しました。
今でこそお酒と食のペアリング※を楽しむ方が増えましたが、ペアリングやマリアージュ※がそこまで一般化していない時でも、食と日本酒の楽しみ方を提案できたと思います。
※ペアリング・・・お酒と料理がピタッと合う組み合わせのこと。
※マリアージュ・・・お酒と料理を組み合わせ、新たなおいしさを引き出すこと。
──このお酒と食とのペアリングについてはどう思われますか。
数馬社長 お酒の味わいやこだわりが伝わるのは、やはりお客さまの口に入るときです。それは食事とお酒をともに楽しまれる時が多い。
お酒の価値を最大化できるように、逆算して流通・貯蔵のほかお酒造りを考えることが重要になります。
つまりお酒造りは、ペアリングすることを前提に考えなければなりません。
数馬しほりさん 能登は発酵食が豊かな土地柄です。昔の保存食でもあるので、塩味が強く、味わいの濃い食べ物が多いのです。その能登独自の食文化とともに日本酒を楽しまれた背景があります。
日本酒がその価値を最大限に発揮するのは、やはり食中だと思います。お料理とのペアリングがマッチする楽しさは格別です。
ですから私たちのものづくりの視点も、お客様の口元に運ばれるその一点にフォーカスしていきたいと思っています。
醸造責任者の社員制が強みを生み出す
──次の地域連携商品も発売されていますが。
数馬社長 自社単体では生み出せない価値を他社と連携し、商品を発売しています。
はじめ、ある団体が耕作放棄地を耕している農家を見て、「自分たちの地域にも耕作放棄地がある」という事情もあり、耕作放棄地を活用した原料米造りを学びに来られました。
その原料米造りを参考にし、2016年に石川県七尾市の「能登島(のとじま)」の6軒の農家が、耕作放棄地を耕し、20年ぶりに原料米つくりを復活させました。
そのお米を全量、数馬酒造で買い取り醸造し、能登島の新たな名産品として「純米 能登島」という名の清酒になりました。
これは能登島という地域に微力ながら貢献でき、さまざまな地域や団体と連携できたからこそ生まれた商品です。
数馬しほりさん この商品誕生の背景には醸造体制の変更があります。
季節雇用の杜氏(とうじ)※制ではなく、通年で在籍している社員が醸造責任者になっています。
お酒造りの期間以外でも、話し合いやコンセプトづくりの共有も可能になりました。
※杜氏・・・酒造りの最高責任者で、杜氏の下で働く蔵人(くらびと)を管理・監督します。
この社員制は数馬酒造の強みの一つといえます。
──私は酒造会社が社員制を導入するのは素晴らしいことだと考えています。
数馬社長 2015年に季節雇用から通年の社員制に切り替えました。蔵人(くらびと)※は朝早く、夜は遅いという労働環境では改善の余地があったのです。
※蔵人・・・杜氏と呼ばれる日本酒造りの最高責任者のもと、日本酒造りに従事する人を指します。
とはいえ当時の杜氏の方は、やはり権限が強くなかなか労働環境の課題に着手できませんでした。その杜氏が離職されるタイミングで若手の蔵人から、「自分に責任者を任せてほしい」と志望されました。
そこで一気に社員制度に切り替えた経緯があります。やはり、酒造責任者も他部署がどういう思いで営業や広報を行っているかを知り、ほかの部署ともコミュニケーションを取り、お酒造りを行ってほしいのです。
酒蔵経営で女性の感性を活かす
──酒蔵経営は家族経営の色合いが強く、その中でも奥さまの役割は大きいと考えますが。
数馬しほりさん 酒蔵は男性社会であると感じていました。しかし味わいを伝える表現や、広報をする上での言葉選びなどについては女性の感性を活かせるのではないでしょうか。
数馬社長 たしかに、料理や地域食材にも詳しく、言葉の表現も大変豊富です。数馬酒造では、広報や管理系の業務については私の妻にお願いしています。
先ほど、以前の酒蔵は男性社会と申しましたが、今は女性社員の方が多くなっています。
それぞれの力を活かして、チームとして数馬酒造の経営やお客さまにいいお酒を提供できるのではないかと思います。
仏トップソムリエが日本酒のうま味を高く評価
──最近、外国人が日本酒へ熱い視線を寄せています。
数馬しほりさん フランスで行われる日本酒・本格焼酎・泡盛コンクール「Kura Master」の審査員が数馬酒造のお酒を飲んでいただき、コミュニケーションを取りました。
その時、ブドウ畑を取り巻く自然環境要因である「テロワール」という言葉をおっしゃっていました。
このワイン業界で生まれた「テロワール」という言葉が、近年では日本酒業界でも注目されているのです。
2020年1月、世界的なフランス人トップソムリエ集団がはるばる能登へお越しになった時のことです。
世界第2位のトップソムリエであるダビッド・ビロー氏からは、お米、水はもちろん、酵母も能登産で醸した「竹葉 生酛純米 奥能登」に対して、「日本酒のUMAMIについてやっと理解できる酒に出会った」と絶賛の言葉をいただきました。
実は、フランス人は、「うま味」を理解していない部分があったとか。その時、感動されている様子を伺い、私たちも感激しました。
その後、「竹葉 生酛純米 奥能登」は世界最大規模の品評会を言われているインターナショナルワインチャレンジでもリージョナルトロフィーを受賞し、能登産の原材料で表現でき、地域性を活かした強みは世界にも通用できる実感した瞬間です。
また、ペアリングについてはワインよりも日本酒の方が「うま味」の方が長けていますし、包容力を感じることが多いのです。
数馬社長 日本酒を通して日本食や日本文化を知っていただく機会を得ることができます。
さらには日本酒の魅力により、日本や日本の地域に行きたいという考えに至り、人口の交流という効果も生まれます。
そういう意味では日本全体に貢献できる事業に携わっていることは喜ばしいことです。
能登の酒蔵で結果を出せばほかの地域への模範に
──これからの動向については。
数馬社長 能登は過疎が進み、課題が多い地域です。ここで酒蔵の経営をしっかりと行い成果を出していけば、日本全国の同じような地域の課題解決の模範になっていきたい。
ほかの地域の希望を与える起点となり続ける経営をして、頑張っているところです。
数馬酒造株式会社
代表銘柄は竹葉(ちくは)
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