出羽桜酒造株式会社 (山形県・天童市)は1892年の創業で、130年以上の歴史を持つ酒造会社です。いち早く海外輸出や「吟醸酒」の製造販売に着手する先進的な活動を進めていることが特徴です。
今回は、仲野益美社長にこれまでの歩みや先進的な発想が生まれた理由について、うかがいました。
出羽桜酒造株式会社
社長 仲野益美さん
新たにトライし、お酒造りに革新を
──まず出羽桜酒造の歴史から教えてください。
仲野益美氏(以下、仲野社長) 創業は1892年で、130年以上の歴史を持ちます。仲野家は天童市周辺の地主で、もともと3つの造り酒屋がありました。
創業については各酒蔵※によって考え方は変わりますが、私の父・清次郎は、日本酒「出羽桜」を世に出した時を創業の年に決めました。
※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯蔵したりする蔵のことを指します。
清次郎はもともと詩人を目指していた一風変わった人物で、「歴史と伝統でお酒造りをするのではなく、新しくトライをし、変えていかなければならない」と常に言っておりました。
その意味で出羽桜は、挑戦を恐れない社風を大切にしています。帝国データバンクなどでは「老舗」の定義は創業100年を超える会社を指しますが、出羽桜も老舗会社といえます。
しかし単に歴史の長さを誇るのではなく、会社全体に築かれてきた信用が大切です。信用を次の世代にバトンタッチしていくことが、事業の継承につながるのです。
確かに一代でも信用を築けますが、歴史を重ねた信用と比べ厚みと深みが違います。
老舗企業は、代を引き継いでいく中で、先祖・OBがこれまで積み重ねてきた信用にどれだけのプラスすることが出来るかが大切です。出羽桜は代々プラスしてきた信用の厚みを大切にしている酒蔵なのです。
「出羽桜」は人生の機微に寄り添うお酒
──メインのお酒である「出羽桜」は社名にもなっています。想いと魅力については。
仲野社長 かつて山形は、秋田とともに出羽国と呼ばれていました。今は県外や海外輸出も増えておりますが出羽桜のホームグラウンドは、出羽国つまり山形なのです。
先祖が名付けた「出羽桜」をありがたく感じるとともに、今後とも継いでいかなければなりません。
ニューヨーク、ロンドン、東京のような大都市で一杯の「出羽桜」を「このお酒はおいしい」と評価していただくことは可能かもしれません。
しかし、山形県民は一杯のお酒で判断しているのではありません。日常的に飲み続けているお酒として、「出羽桜」がふさわしいか。また出羽桜はファミリー企業ですから、私がどのような姿勢で会社を経営することも問われているのです。
日本の国花は「桜」です。桜が咲くと気分が高まります。咲いても散っても実に美しい。
「出羽桜」は飲んでいるときも楽しく、悲しい時も心に寄り添い、飲んだ後も満足感が高い、そんなお酒になれれば幸いです。「出羽桜」は、地元と桜を意味し、人生の機微に寄り添えるお酒という思いを込めているのです。
今ブームになっているスパークリング日本酒もだいぶ前から販売し、熟成酒にも取り組んでいます。これは社風である挑戦を恐れないことから、さまざまなお酒造りにチャレンジできるのです。
──味についてはいかがでしょうか。
仲野社長 のど越し抵抗がなく、透明感のあることが、どのお酒も目指している品質です。
軟水できれいなお水に恵まれている天童市
──地元・山形・天童市における水の魅力をお願いします。
仲野社長 天童市(てんどうし)は将棋の駒の製造・販売で全国的に有名ですし、山形有数のいで湯・温泉の町としても知られています。
基本的には、軟質で豊富なお水がある地域です。市内には清池、大清水など水にかかわる地名も存在しており、いいお水がある証明にもなります。
お酒を占める割合の8割がお水ですので、極端なことを言えばお水が悪い地域には酒蔵は存在しないと思います。
先ほどお酒に向かう姿勢を話しましたが、それは軟水できれいなお水があるからこそ、目指すお酒造りができるのです。
ただ日本酒業界では、原価が高い理由からお米の話題が多いのが現実です。しかし、お水は大切ですからもう少しお水のことをアピールしていくべきでしょう。
灘の「宮水」は硬水で、男酒と言われます。伏見の水は軟水で女酒と表現されます。
しかしこれは日本レベルでの軟水・硬水であって、グローバルスタンダードでの見方では日本の水はほぼ軟水です。
諸説ありますが、日本は山側であれば軟水であり、海側であれば硬水が多いのが一般的です。そのお水の特徴をつかんでお酒を造ることが大切なのです。
日本酒業界にとってお水はありがたい存在であり、お水があってお酒造りが成り立つことを忘れてはなりません。我が天童市でお酒造りを営むことができるのも、お水の恵みがあるからこそなのです。
県単位として初めて指定を受けたGI「山形」の栄誉
──GI山形の解説をお願いします。
※GI・・・国税庁長官が指定したお酒の地理的表示を指します。お酒の産地や品質を保証し、日本では1995年からスタートしました。
仲野社長 GI山形は、2016年12月に国税庁より認定された山形の酒を保護する地理的表示制度です。
海外のワインの世界でいえば、「ボルドー」「ブルゴーニュ」「シャンパーニュ」などが有名です。お酒の品質・品格は風土・環境があってこそ成り立つのではないでしょうか。
海外のワインリストには、シャトー名、ブドウの名前、地域・産地が書かれています。しかし、日本酒は「純米※」「吟醸※」「大吟醸※」、次に蔵元名※、そしてお米の名前に留まっています。
今後はお水や地域や産地も加われば、風土・環境も語ることにつながり、お酒の良さがもっと違う意味で広がってくると思い、GI認定を取得しました。
※純米酒・・・米、米麹、水だけで造られた日本酒を指します。
※吟醸酒・・・米を重量にして、精米歩合60%以下の白米を原料に用い、低温で長期間発酵させて造ります。
※大吟醸酒・・・吟醸酒のうち、精米歩合が50%以下の白米を原料として製造し、固有の香味や色沢が特に良好な清酒を指します。
※蔵元・・・日本酒業界で「蔵元」では、「酒蔵の経営者」のことを指します。
山形の場合、水、土地、風土に加え、技術面にもスポットライトをあてたのです。山形のお酒は、一概には言えませんが、柔らかくて優しいお酒と表現されることが多いと思います。県単位の日本酒の地理的表示では山形が最初に指定されています。
実は、GIは範囲を狭くした方が認定されやすいのです。しかし、山形は団結力があり、人の心もまとまっているので、県単位での認定が実現できました。
「出羽桜」は海外でも高く評価
──海外進出も積極的にされているそうですね。
仲野社長 海外輸出は1997年から開始していて、25年以上の歴史があります。大手の酒造会社はもっと前から進出していますが、地酒蔵としては古い方です。
現在25か国以上に輸出し、売上高の10%を占めています。
国全体で見ても海外輸出は好調で、コロナ禍でも13年連続で前年よりも売上高増を達成しています。
日本酒は、可能性のある世界に冠たるアルコール飲料です。日本酒の輸出業は25年で古いといわれますから、まだまだ高い可能性を秘めています。
全国組織の日本酒造組合中央会が、輸出を伸ばす目的で海外戦略委員会を立ち上げたのが15年前。2022年度(1月~12月)の日本酒輸出総額が約475億円まで到達しましたが、これからが本番です。
私たちは日本を理解してもらうためには、日本酒を理解してもらう必要があると感じています。あの酒瓶の中に日本が、「出羽桜」でいえば山形が詰まっています。同じように地域やその酒蔵の想いが詰まっています。
確かに半導体や日本車のように金額で貢献することはできません。しかし日本全体を理解していただくには、日本酒は大切なツールであり、日本の文化を代表するものと誇りを持って、本格的に輸出にチャレンジをしています。
私は山形県酒造組合の会長や、海外戦略委員会の委員長にも就任していますので、この三つの思いを重ねて話しました。
中央会海外戦略委員会の委員長に就任
──海外戦略委員会の委員長としてどのような戦略をお考えですか。
仲野社長 日本酒は日本文化を代表とするものですから、しっかりと海外の方に伝えていかなければなりません。
これからは、器や食との組み合わせを考えていくべきです。日本酒はさまざまな組み合わせのキーになる存在であり、この点を肝に銘じ、海外輸出戦略を進めていきます。
フランスの三ツ星レストランで日本酒が使われると大きく報道されますが、これはまれなケースであり、フランス料理との組み合わせで日本酒が飲まれることが当たり前になってほしいのです。
牡蠣に合うワインはシャブリがよくある組み合わせですが、それよりも日本酒の方が生臭さを消します。
日本政府は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として、日本酒や焼酎、泡盛などの「伝統的酒造り」の登録を申請し、2024年のユネスコ政府間委員会で審査される予定です。
登録の暁には、日本酒を食とのマッチングを中心にして、日本文化を世界の皆様に伝えていきます。
お酒と食べ物の組み合わせを提案
──公式サイトの「今月のお酒と料理」のコーナーは参考になります。どのような意図でこのコーナーを設けられましたか。
仲野社長 お酒と食とのマッチングは大切で、食べ物があってお酒が引き立ち、またその逆も同様です。私たちはお酒を食卓の中で楽しんでほしいという思いがあります。
実際の数字はわかりませんが、日本酒は飲食店などの業務店市場で動いています。しかし、このコロナ禍では居酒屋も営業が厳しく、日本酒市場も沈んでいました。
また家庭での晩酌は、料理を自前で用意します。そこで両者のマッチングのヒントになり、相乗効果をもたらす目的で、「今月のお酒と料理」のコーナーを設けて、お酒と料理の両方を楽しんでほしいと願っています。
仲野社長がオススメする春のお酒
──春ごろはどのようなお酒の飲み方と楽しみ方を推薦されますか。
仲野社長 実は今年、山形は非常に寒い冬でした。ただ春を迎え、桜も咲くころになりますと、日本の素晴らしい風景であるお花見も楽しめるようになります。
今、四季の移ろいとともに新酒も発売します。季節感を楽しみ、花をめでながら楽しんでほしいですね。
春では山菜系の食を楽しむのもいいでしょう。春にはフキノトウも出荷されます。また山形は米沢牛をはじめとするお肉のおいしい県でもあります。
そして出羽桜では春のお酒としては、「出羽桜 桜花吟醸酒」をオススメします。1980年の発売以来、フルーティーな吟醸香と爽快な味わいが評価されています。
ネーミングとレッテルにも桜が散りばめられていますから、春にふさわしい日本酒です。本生※と火入れ※の二種類がありますから、両方とも楽しんでほしいですね。
※本生・・・一度も火入れ(低温加熱殺菌)をしていない酒のことを指します。
※火入れ・・・製造後と出荷前に2回火入れされる一般的な日本酒を指します。
また、「出羽桜 しぼりたて 春の淡雪」もあり、こちらは薄にごりの「おり酒※」で、辛口タイプで爽快な生酒です。こちらも春のお酒にピッタリです。
※おり酒・・・日本酒を酒槽でしぼり、タンクに入れておくと下のほうに沈殿物がたまります。 これがいわゆる「おり」でこれを瓶詰にしたお酒を指します。
リキュールや麹甘酒にも注力
──日本酒以外のリキュール※や麴甘酒※の取組みも進めているようですが。
仲野社長 出羽桜は日本酒のお酒造りがメインです。しかし、中には日本酒が飲めずリキュール系がお好きな方もいます。そこで日本酒の良さも主張しつつ、いろいろと考えました。
※リキュール・・・蒸留酒や醸造酒に果実、薬草・香草、ナッツなどの香り成分を溶かし込んで造る混成酒を指します。
※麹甘酒・・・麹の酵素の力で米のでんぷんを糖化させて優しい甘みを引き出し、アルコールを一切使ってないため、誰でも楽しめる魅力があります。
出羽桜は吟醸に力を入れている酒蔵で、歴史も古いです。そこで吟醸酒用の麹を使った甘酒を製造・販売しています。リキュールは焼酎ベースが多いですが、日本酒の酒造会社ですから、日本酒の特徴を活かしたリキュールとしました。
自分たちの得意分野で技術の幅を持たせる延長線上で、リキュールや麹甘酒にトライをしています。これらはいずれも高い人気があります。
女性にも人気なお酒ですが、男性も飲んでみると「このお酒は面白い」との声があり、好評です。「ピーチネクター」のようにとろとろした仕上げにしており、そのまま飲んでもいいですが、炭酸や牛乳で割っても美味しくいただけます。
山形は果物王国ですから、柑橘系以外はどの県にも引けは取りません。特徴のあるリキュールは、「ラ・フランス」「リンゴ」「ブドウ」「もも」「梅酒」など豊富な種類をそろえてあり、比べ飲みをされる方も増えています。
文化貢献のため、出羽桜美術館を開館
──出羽桜酒造の隣接施設には「公益財団法人出羽桜美術館」がありますが。
仲野社長 出羽桜美術館は1988年に、私の父・清次郎が永年にわたり集めた陶磁器、工芸品などの寄贈を受けて開館しました。美術館はお酒と同様に、地域文化に火をともす役割を担っています。
日本酒業界は文化の担い手であるべきとの自負があります。メインの収集品は、韓国の李朝時代の焼き物です。
企業の社会奉仕の中では、スポーツを推進されるところは多いです。しかし文化への奉仕活動は少ないように思えます。父は、私に文芸を含めた文化で地域に奉仕すべきと教えたこともあり、地元の文芸誌にも広告を出稿し、地域文化を支えています。
また単なる美術収集家ではなく、公益財団法人の美術館を所有していると、美術業界の方々と意見交換ができます。
そこでは、さまざま角度から日本酒業界の発展に関するヒントをいただけます。素晴らしい方が多い日本酒業界ですが、そこだけの意見交換にとどまると、進歩が止まってしまう可能性があります。
ヒントの一例は、「器の楽しさを伝える努力をしなければならない」と言われたことです。ワインはガラスのグラスで飲まれます。しかし、日本酒の器は形状など多様性に富んでいます。特に日本は、「マイ」文化であり、長年愛用していた徳利やおちょこで、お酒を楽しむ文化があります。
お酒にかかわる器の良さをアピールすることを、日本酒業界で発信すべきと教えられました。
お酒造りのノウハウを惜しみなく公開し、研修生受け入れ
──全国から、製造の研修生を受け入れていますね。
仲野社長 出羽桜の特徴は全国でもいち早く「吟醸酒」を製造・販売し、早くから生酒の取組みも進めています。また海外輸出の早々に行いましたが、この研修生の受け入れも他社にはなかなかないと考えています。
今の研修生は千葉・野田市の酒蔵の後継者の方が現役でおりますが、この方が卒業すると卒業生が22名になります。研修生は青森から鹿児島までおり、期間は多くが2~3年間です。
技術をオープンにして大丈夫ですかと聞かれますが、技術は必ず並ばれます。技術をオープンにすると、次を考えるスピードが速くなるのです。
技術を隠すと、確かに一時的に相手にはその中身は気づかれないかもしれませんが、次を生み出す技術開発が遅くなります。
日本酒業界、山形県、出羽桜が共存して伸びなければなりません。出羽桜だけ良くてもいずれ限界が来ます。部分最適ではなく、全体最適が大切だと思います。
リズムと調子のよい会社は、日本酒業界全体を広げていく努力をしなければなりません。そのために研修生を受け入れて、なにかプラスになることを持って卒業し活躍してほしいと願っています。
真の情報はオープンにしたところに入ってきます。たとえば研修生に対して、8割オープンにし、2割隠す教え方をすれば、情報も2割隠された精度の低い情報しかもらえなくなります。
また、こうした子弟関係を築いていくと、出羽桜の技術も緊張感をもって磨いていくことになります。
たとえばコンクールで弟子の酒蔵に負けるようではさまになりませんから、いつまでもライバルとして技術で勝負できるような関係でありたいものです。研修生は山形県の酒造会社の方と接する機会があり、こちらもいい刺激を与えています。
さきがけの進取の気風をいつまでも
──そして最後の質問ですが今後の方向性としては。
仲野社長 出羽桜は、人が歩いた道をなぞるように歩く酒蔵ではなく、耕しに行って、種をまくような酒造メーカーでありたいと思っています。
これは製造・販売・営業・品質・輸出・気持ちすべての面にわたってさきがけの進取の気風を大切にすることを意味しています。
この気持ちでお酒を造り続け、多様なお酒の楽しみ方を商品としても提供する会社にと心に期して進んでいきたいと思います。
出羽桜酒造株式会社
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