永井酒造は進化をし続け、日本酒に新たな価値を生み出す

永井酒造㈱は、初代当主が群馬県・川場村の水にほれ込み、1886年(明治19年)に創業した老舗酒蔵です。

137年に渡る歴史の中で、進化を続け、伝統を守りつつも革新的な発想や行動で日本酒に新たな価値を生み出しています。今回は永井則吉社長にこれまでの歩み、スパークリング日本酒の商品開発の取組みなどの話をうかがいました。

永井酒造株式会社

社長 永井則吉さん

水源を守るため50haの森を所有

──まず、永井酒造のあゆみからお願いします。

永井 則吉さん(以下、永井社長)  創業は1886年(明治19年)です。永井家は江戸時代には長野県・須坂市で武士をしていました。

しかし江戸時代が終わり、明治維新が起こると、武士の仕事はほぼなくなり、これからの生きる道を探しました。

そこで、永井酒造初代当主・永井庄治は自身が惚れ込んだ利根川の源流域の群馬県・川場村の水を使って、当時の花形産業である酒造りを始めました。

※明治維新・・・江戸時代では支配階級は武士でした。しかし、封建社会から近代国家に転換を図る明治維新後では、武士はほぼ失業状態となりました。そこで新たな商売を行う旧武士もおり、永井家では酒造りを家業としました。

初代は裸一貫で酒造りを始め、酒造りにおいて大事な水を守る為に少しずつ森を買い足していきました。今では東京ドーム約10個分、50hの森を永井酒造単独で保有し、引き継いでいます。

1992年には、新ブランド「水芭蕉(みずばしょう)」を立ち上げました。

次に設備も古かったこともあり、社運をかけて酒蔵を建て替えたのです。

酒造りから商品展開までのすべてを180度方向転換し、現在では「水芭蕉」と「谷川岳」の2ブランドが、永井酒造を支えています。

※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯めておくための蔵のことを指します。

設備投資して酒蔵は、「水芭蕉蔵」として再生した

酒蔵を建て替え、新たな商品も生まれる

──今、お話にありました酒蔵の建て替え工事は大きな決断でしたね

永井社長 新酒蔵「水芭蕉蔵」では、品質や温度をコントロールできる設備を導入しました。酒蔵の新設により、シャンパン製法由来による瓶内2次発酵を取り入れたスパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE」(awa酒)やVintage酒の商品開発を成し遂げたのです。

※awa酒・・・高度な醸造技術によって厳格な品質基準(瓶内二次発酵 による自然な発泡を有する事、透明である事等)をクリアした発泡日本酒。
※Vintage酒・・・厳しい温度管理のもと、長期熟成させた酒

──しかし設備投資金額も莫大とうかがっていますが。

永井社長 新酒蔵の設備投資は10億円でした。当時の売上高は約3億円でしたので年間売上の約3倍以上に達する計画です。

外部の信頼できる方から、「潰れるからやめた方がいい」と助言を受けたほどでしたが、人生をかけて設備投資を行いました。

設備投資によって商品管理、持続可能な品質管理、人材育成のベースができあがり、

刷新した製造やビン詰めライン一式は今でも酒造りを支えてくれています。

お酒造りの技術者を早期に社員化

──人材育成の大切さを指摘されましたがこの点について

永井社長 酒蔵の建て替え前、杜氏(とうじ)は、年間雇用していましたが、杜氏以外の蔵人(くらびと)は、新潟から季節雇用で来ていただいておりました。

しかし高齢化も進んでいたこともあり、設備更新を機会に社員制にしました。

※杜氏・・・酒造りの最高責任者で、杜氏の下で働く蔵人(くらびと)を管理・監督します。
※蔵人・・・蔵人は、杜氏と呼ばれる日本酒造りの最高責任者のもと、日本酒造りに従事する人を指します。

やはり、杜氏や蔵人も技術職ですから、人材育成は大切です。いいお酒造りができるまでには約10年かかります。

年齢層が若い永井酒造

世代を超えた人材育成を計画

──杜氏や蔵人の年齢層はどのくらいですか。

永井社長 永井酒造の杜氏は54歳。2008年から杜氏をつとめていますから15年ほど経っています。副杜氏は40歳、また将来、杜氏を目指して若い方も入社されています。

世代を超えて人材育成を行うことを計画しており、社員の平均年齢は40歳以下と一般的に見て若い酒造会社となっております。

──みなさん日本三大杜氏のうちの越後(えちご・新潟)杜氏の方が多いのですか。

永井社長 先代の杜氏は越後流からスタートしましたが、自分たちのエッセンスを取り入れて、今やオリジナルの流派になっています。

「水芭蕉」や「谷川岳」でブランドスイッチ

──そこで日本酒「水芭蕉」や「谷川岳」のブランドを立ち上げましたがその想いと魅力については。

永井社長 父親の代は日本酒「力鶴」というブランドでした。地元でもファンが多く普通酒※の市場で勝負していましたが、

酒蔵の建替えと同時に新しい世界観を実現するために、「水芭蕉」と「谷川岳」へブランドスイッチを行いました。

※普通酒・・・吟醸酒・純米酒・本醸造酒など特定名称の酒として区分されない日本酒です。価格も手頃で、家庭の食卓や行楽などでの普段使いの酒としての飲用に適しています。

これらのブランドは地元の大自然の尾瀬に花咲く「水芭蕉」と、群馬の方々が誇りに思う「谷川岳」からブランド名をいただいています。

弊社では「自然美を表現するきれいな酒造り」をモットーとし、初代が惚れ込んだ「水」をダイレクトに表現する酒造りを行っています。

酒造りの軸である「仕込み水」は、標高2158mの武尊山(ほたかやま)からの伏流水で、豊富なミネラルが含まれています。50~60mg/lの軟水で口当たりは柔らかく、最初に甘みが、後味に少しミネラルの苦みを感じるのが特徴です。

両ブランドで使用している水は同じですが、使っているお米は異なります。「水芭蕉」は地元の川場村か利根沼田産のお米、もしくは兵庫県の三木別所産の「山田錦」を使っており、「谷川岳」はそれ以外の「美山錦」や「五百万石」といったお米を使っています。

「谷川岳」は男性的で少し辛口です。毎晩、晩酌をしていただけるような方は、価格がリーズナブルな「谷川岳」を愛飲していだだいて欲しいです。

「水芭蕉」は優しい味を表現しており、なにか日々の暮らしでいいことがあればぜひ飲んでいただけるよう願っています。

コロナ禍以外では少しずつ売上が伸び続けていました。同じブランドでも毎年、切磋琢磨して挑戦しています。お酒造りも毎年同じことをしていては停滞しますから、「進化をし続ける酒造り」を大切にしています。

4つのカテゴリーの日本酒でコース料理にペアリング

新たな日本酒の価値を生む「NAGAI STYLE」

──さまざまな食事のコースに合わせて、4カテゴリーの日本酒を楽しむ「NAGAI STYLE」を提唱されています。

永井社長 日本酒の価値をもっと上げることが私の生涯をかけたテーマの一つです

世界的に通用する価値まで上げることにチャレンジしていますが造り方やスペックだけで日本酒の価値を変えていくことは難しいのが実情です。

そこで「伝統と革新」をテーマに、スパークリング、スティル、ヴィンテージ、デザートという4種類の日本酒を食事のコースに合わせて楽しむコンセプト「NAGAI STYLE」を提唱しました。

たとえば、前菜と「awa酒(スパークリング日本酒)」のMIZUBASHO PURE、前菜から魚介のメイン料理と従来のブランド酒(スティル酒)。さらに肉料理のメインからは、Vintage酒と続き、デザートとともに、甘い口当たりの「デザート酒」を楽しんで欲しい。伝統的な純米酒製法を使用した日本酒をもって料理とのペアリングを普及したいのです。

この「NAGAI STYLE」の名称は先祖がお酒造りを続けてきたおかげで、自分の代でチャレンジができたことへの感謝の気持ちが含まれています。

スパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE」

スパークリング日本酒で世界の心を動かす

──スパークリング日本酒の商品開発では年月もかかり大変だったとうかがっています。

永井社長 入社した当時から、「せっかく日本酒を作るなら世界に通用するものを売りたい」と思っていました。転機となったのは、ある強烈なワインとの出会いでした。その衝撃から、ワインの世界を学ばなければと強く思いました。

 そこで25年前にVintage酒の研究を始めました。日本酒にも古酒はともかく、熟成酒の概念はありませんでした。ワインのように、熟成させた日本酒をつくるのが夢でもあったのです。

ただ当時は両親、そして杜氏をはじめ、社内には賛成者が誰もいませんでした。また熟成にも時間がかかるため、スタートしなければ結果もわかりません。

両親に対して、「自己責任でやるから数十本から実験させてほしい」と必死にお願いし、ようやく熟成酒の研究を開始できました。

また熟成酒を世界に売っていくためには、本格的なスパークリング日本酒が不可欠と考えました。そこでスパークリングの最高峰・フランスのシャンパーニュと同じ瓶内二次発酵を行うきめ細かい泡の日本酒の開発を目指しました。それは日本では誰も挑戦していない新たな世界です。 

開発に着手したのは2003年。私はこの頃は工場長に就任、30歳を超えており、自らの責任でチャレンジを開始しました。

しかし3年間で500回失敗し、開発は簡単ではありませんでした。2006年にフランスへ渡り、シャンパーニュ地方でヒントを何も得られなかったら、もう商品開発を断念する覚悟でした。

帰国後、再挑戦から完成までには、さらに2年の間で200回の失敗を重ねました。あわせて700回の失敗です。最後は泡の質に関して試行錯誤を繰り返し、2007年にはほぼ完成しました。1年後には特許を取得しました。

そしてさらなる精度向上に成功し、2008年についに、スパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE」が完成したのです。

2017年からフランスで開催されている日本酒コンクール「Kura Master」は、フランスのトップソムリエが審査を行う品評会です。この「Kura Master」のスパークリング部門で、2020年度最高位のプラチナ賞に選ばれたのが、「MIZUBASHO PURE」です。

世界の食事のペアリングに、日本酒がワインとともに同じテーブルで活躍できる世界の実現を目指して、これからも酒造りに邁進してまいります。

スパークリング日本酒普及のため協会設立

──今やスパークリング日本酒の協会も設立し、酒造会社での連携も深めていますね。

永井社長 2008年から2016年までほぼ永井酒造のみで発売をしていました。ただ単独で製造販売しても普及しないと思い、「awa酒協会」※を仲間の酒造会社9社で立ち上げました。目標は、「世界の乾杯酒を目指す」ことです。

今は、各県を代表する酒造会社31社(2023年3月時点)が加盟しており、私がパイオニアということに加え、みなさまから代表をやってほしいと言われた事で、初代理事長をつとめています

第4回awa酒認定式およびawa酒大使叙任式を開催

※awa酒協会・・・スパークリング日本酒を製造・販売する日本各地の蔵元(くらもと)※で構成された一般社団法人。厳しい品質基準と第三者機関での検査をクリアした銘柄だけを「AWA SAKE」と認定し、その品質向上と普及促進、市場の拡大を目的として2016年11月に設立されました。
※蔵元・・・日本酒業界での「蔵元」は、「酒蔵の経営者」のことを指します。

2023年度 天皇陛下誕生日祝賀レセプション

永井社長 「MIZUBASHO PURE」は天皇陛下のレセプションの乾杯酒として今年2月22日には、国は各駐日大使のご夫妻をお招きし、天皇陛下の誕生日レセプションでのお酒に選ばれています。

将来的には、シャンパーニュと同じような位置づけを目指しておりますが、それには時間もかかります。

※シャンパーニュ・・・シャンパーニュとは、フランスのシャンパーニュ地方で造られるスパークリングワインを指します。

最近は、訪日外国人も増えておりますが、お寿司にはシャンパンではなく、スパークリング日本酒がふさわしいと考えます。泡が好きな外国人にも乾杯酒やウェルカム酒として好まれると期待しています

フランスのトップソムリエ・グザビエ・チュイザ⽒

フランスのトップソムリエ・グザビエ・チュイザ⽒は、「MIZUBASHO PURE」について、「味わいも繊細でエレガントでヨーロッパ人の好みにあうawa酒です。このようなawa酒を日常的に楽しめるとしたら、それは素晴らしいことです」と評価しています。

スパークリング日本酒はシャンパンやスパークリングワインにはない魅力であふれています。海外でもスパークリング日本酒の価値に気が付いた方もおりますがまだ伝わって欲しい方の1%程度にしか知られておりません。

仮に50%の方に周知されることになれば、スパークリング日本酒は猛烈なエネルギーもって世界で大きな反響を呼ぶことになるでしょう。

これから海外市場は国内市場と同様に重要です。ご縁を大切にしますが、弊社では特に東南アジアの市場を重視しています。

(左から)永井酒造(株)の永井松美取締役、永井則吉代表取締役社長
(株)ユミカツラインターナショナルの桂由美代表取締役社長
同社クリエイティブディヴィジョン アクセサリーデザイナーの
藤原綾子さん

女性やZ世代へのマーケティングを強化

──ブランディングとマーケティングはかなり重要になりますね。

永井社長 2022年4月にブランディング事業部を開設し、その責任者として家内の永井松美取締役が就任しています。

永井酒造の3本柱は、「awa酒」、「Vintage酒」、そしてカジュアルに楽しめる「MIZUBASHO Artist Series〜水芭蕉アーティストシリーズ〜」です。

その中のMIZUBASHO Artist Seriesについては、女性やZ世代に対するマーケティングビジネスを強化していきたいという想いから開発しました。

「MIZUBASHO Artist Series」を販売する前はホームページの閲覧者の多くは男性で50代以上の方が多かったのですが、「MIZUBASHO Artist Series」販売後は20~30代のアクセスが増えました。新たなマーケット市場への開拓やブランディングを意識することはとても大切なことです。

マーケティングの責任者である永井取締役は、今後もっと多くの女性にも飲んでもらわなければ日本酒の消費が先細りすると危機感を抱いたとのことです。

気軽に、お洒落に、楽しむ日本酒をコンセプトに掲げ、気軽に手に入る価格設定、しかもお洒落な感覚で、楽しく飲める日本酒を目指す中で、「MIZUBASHO Artist Series」は誕生しました。

俳優の片岡鶴太郎氏の作品をラベルに採用し、親しみやすい味わい、お手頃の価格、そして、お洒落なデザインのボトルに仕上げております。

左から スパークリング酒(食前酒)、スティル酒(食中酒)、デザート酒(食後酒)

またMIZUBASHO Artist Series」ではSDGsの切り口として、売上の5%を尾瀬の環境保護に寄付する「環境保全活動」と女性インフルエンサーを起用したマーケティングによる「ウーマンエンパワーメント」に取り組んでおります。

世界を舞台に活躍するブライダルファッションデザイナー・桂由美先生はこうしたウーマンエンパワーメントの取組みや尾瀬の環境保護活動を見てくださり「伝統的な日本酒の蔵が、新しいことに挑戦されていて素晴らしいですね」とお声をかけてくださいました。

そこでぜひ桂先生も一緒に取り組みませんか、という話からスパークリング日本酒「MIZUBASHO with Yumi Katsura」というコラボレーション商品が誕生しました。

まとめ

最近、若者の日本酒離れという言葉も聞かれます。

しかしスパークリング日本酒に代表されるように工夫によって女性やZ世代のファンを獲得できることが心から理解できました。

そこで重要なことはマーケティングや広報です。

永井酒造ではその責任者は代表の奥さんで、酒造業界でも女性の力が大切であることを改めて認識できました。

ご夫婦が責任をもってそれぞれの得意分野で酒造会社を運営していくことについて大きな学びを得ました。

永井酒造株式会社

〒378-0115 群馬県利根郡川場村門前713
TEL:0278-52-2311 
FAX:0278-52-2314

この記事の執筆者

長井 雄一朗

建設業界30年間勤務後、セミリタイアで退職し、個人事業主として独立。 フリーライターとして建設・経済・働き方改革などについて執筆し、 現在インタビューライターで活動中。

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