玉乃光酒造㈱は、紀州徳川家※から酒造免許を賜り、今年で創業350年を迎えます。戦時中に酒蔵(さかぐら)※が焼失したため、後に京都・伏見に移転しています。
紀州徳川家・・・徳川将軍家の分家・御三家の一つ。江戸時代に和歌山藩主を世襲し、主に紀伊国を治めた。
酒蔵・・・お酒を製造し、貯めておくための蔵のことを指します。
「純米酒によるお酒造り」を一貫して行ってきました。しかし戦争中や戦後では米不足もあり、一時断念したこともあります。
1964年には、純米主義を貫いた「無添加清酒」を発売。また、最近はオーガニック日本酒にも積極的に取り組んでいます。
今回は、玉乃光酒造の丸山 恒生代表取締役社長に、全国的に有名な伏見のお水でのお酒造りと、純米酒にこだわる理由などについてうかがいました。
玉乃光酒造株式会社
丸山 恒生さん
代表取締役社長
創業以来350年、紀州徳川家の御用達蔵の格式を持つ
──まず、玉乃光酒造の歴史から教えてください。
丸山 恒生氏(以下、丸山社長) 玉乃光酒造の創業は、江戸時代初期の1673年(延宝元年)。
和歌山県・和歌山市寄合町で、徳川家康の孫にあたる紀州藩の第二代藩主、徳川光貞より酒造免許を受け、お酒造りを始めました。
初代蔵元(くらもと)※の名は「中屋六左衛門」。かつての紀州徳川家の御用蔵(ごようくら)※をつとめ、残存しているのは玉乃光酒造のみと言われています。
※蔵元・・・日本酒業界で「蔵元」は、「酒蔵の経営者」のことを指します。
※御用蔵・・・格式ある家や組織の利用を請け負う業者をいう。玉乃光酒造は江戸時代では紀州徳川家に日本酒を納めていました。
以来、和歌山でお酒造りを続けていましたが、第2次世界大戦の空襲により酒蔵を焼失しました。
それでも「お酒造りを続けたい」という意思があった当時の11代蔵元「宇治田福時」は、酒造りを再出発させるため、京都・伏見に移転しました。以来、豊かな水に恵まれた京のお酒どころでお酒造りを続けています。
──日本酒における水の役割とは。
丸山社長 ワインの世界では、ブドウ畑を取り巻く自然環境を指す「テロワール」という言葉があります。その土地のお水によりブドウができ、醸造してワインの味が出来あがります。
ワインはブドウの品質によって味わいが決まりますが、そのブドウを育てる土地のお水がブドウの品質を左右します。
さらに、その土地のお水を使ってワインを仕込むため、お水自体がワインの味に与える影響も大きく、土地によってワインの味が変わってくるのです。
日本酒もこの「テロワール」があてはまり、産地によりお酒のタイプは異なります。
日本はヨーロッパと比較すると、ほぼ軟水で硬水らしい硬水はありません。
しかし、軟水の中でも硬い水と軟らかい水に分けられ、その微妙な差で日本酒の味わいは変わってきます。日本酒の主成分の80%は水であることからも、お水は日本酒そのものの役割を持つといってもいいでしょう。
「伏水」はお酒造りにとって理想的なお水
──全国的にも有名な伏見の水について教えてください。
丸山社長 京都・伏見は、かつて「伏水」と表されたほど、質のよい豊富な地下水に恵まれています。お酒造りに使用している、このお水は桃山丘陵を水源とした伏水です。
桃山御陵※は伏見の東に広がり、ここは明治天皇御陵と桓武天皇御陵があり、宮内庁直轄の土地なので、荒らされることはありません。
※御陵・・・天皇、皇后、皇太后、太皇太后のお墓。
開発も制限されており、大きな森が活かされ、そこに降ったお水が伏見の地下を流れているのです。
この水は、かの有名な豊臣秀吉が開催した茶会で使われた水でもあります。
また、伏見の氏神として信仰を集める御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)※に涌き出る「御香水(ごこうすい)」は、環境省の名水百選に選ばれています。
※御香宮神社・・・京都市伏見区御香宮門前町にある神社。旧社格は府社。通称御香宮、御幸宮。
古くから兵庫・灘の「男酒」に対して、伏見の「女酒」といわれるほど、軟らかでやさしい口当たりのお酒になるのが伏見のお酒の特徴です。
男酒・女酒の由来はお水にあり、「男酒」で有名な灘の酒に使用するお水はミネラルが豊富な(日本の中では)硬水なのです。
灘に比べるとミネラル分が少ないがゆえに、伏見は「軟水」と言われます。
伏見の水は、カリウムやカルシウムなどがバランスよく含まれているため、お酒造りにとって理想的なお水。お水の成分調整をせずに、製造に関与するすべてに「伏水」を使用できるのは、まさに土地の恵みなのです。
漫画『夏子の酒』『美味しんぼ』で絶賛
──漫画『夏子の酒』や『美味しんぼ』からも「玉乃光」は高い評価を得ています。そこで極上の純米酒にこだわる理由について。
丸山社長 米、米麹とお水だけで造られるお酒が純米酒で、日本酒が誕生してから戦前までは、日本酒はほぼ全て純米酒でした。
しかし太平洋戦争で日本は食糧難に見舞われ深刻な米不足となり、できるだけ少量の米で大量の日本酒を造る苦肉の策を生み出しました。それが、「三増酒」(さんぞうしゅ)※と呼ばれるお酒でした。
政府の指示でアルコールを添加し、防腐剤を山のように入れるようなお酒が主体だったのです。
※三増酒・・・「三倍増醸清酒」の略。醸造した日本酒(もろみ)にさらに2倍の量の醸造アルコールを足し、さらにブドウ糖や酸味料などを加えて味を調整したもの。結果的に3倍の量のお酒を造る。2006年以降は存在しない。
当時、流通されていた日本酒はブドウ糖や酸味料などを加えて味を調整するという、今でいえば、食品添加物のオンパレードです。
戦前は、米と米麹だけで醸造していたのに、なぜこんなことになってしまったのかと反省から始まりました。
しかし、世間では、米の安定供給が出来るようになった後も、低コストで大量生産可能などを理由に、醸造アルコールを添加する酒造りは定着してしまったのです。
当時の政府により、米をたくさん使う酒造会社よりもアルコールを多く使う酒造会社の方が多く税金をより取れるという観点での政策が進められていたことも、大きく影響しているでしょう。
戦時中は、酒税が戦争の財源であったことから法律が山のように作られ、それが戦後も続いていました。同時に農業の規制もあり、1942年に食糧管理制度(食管法)が制定されています。
政府としては酒税を優先し、消費者がお酒のおいしい、またはおいしくないの話は二の次という時代でした。
さまざまな法律に縛られ、お米の使用制限があり、純米酒が造れなかったのですが、交渉を続ける中で、食管法の緩和もあり、米の使用も比較的に自由になってきたのです。
そこで1964年、まだアルコールを添加したお酒が主流だった時代に、『二日酔いしないお酒』として醸造アルコールを添加しない、米と米麴、水だけで造る「無添加清酒」―今でいう「純米酒」を業界に先駆けて売り出しました。
当時、日本酒は階級制度が設けられ、特級酒・一級酒・二級酒などに分類されていました。特級酒になるほど「良いお酒」の認定を受けられますが、その分酒税が高いため、良い酒でも二級酒として一部販売した事例もちらほらとあったようです。
「無添加清酒」も二級酒で販売していましたが、純米酒は原材料費がかかるため、どうしても価格が高くなります。一級酒よりも価格が高くなってしまうことから、発売当初は、あまり売り上げは良くありませんでした。
それでも、実際に飲んでもらえば、多少高くても買ってくれる、という想いで、営業活動に力を入れていた背景があります。
今、質問の中にありました漫画の話ですが、文化人や論客の方と一緒に飲んで説得しました。そしてエッセイなどで書いていただき、徐々に純米酒の良さが広がりました。
他の酒造会社を真似てお酒造りを行っていたら、消滅していたでしょう。消費者目線に立った、いいお酒造りの思いが、支持されている理由です。
思い返せば当時の社長、11代目蔵元の宇治田福時は、「米だけで造る酒こそが、本来の日本酒」という強い想いがありましたね。
ちなみに、「玉乃光」は、1980年代からすべての純米酒を「米吟醸造り」にグレードを上げております。
そういう流れで、漫画『夏子の酒』や『美味しんぼ』で「玉乃光」が取り上げられるとともに、全国の地酒ブームが到来しました。
王道酒「純米大吟醸備前雄町100%」の魅力
──「玉乃光」の王道酒としては、「純米大吟醸備前雄町100%」がありますが。
丸山社長 酒米(さかまい)※の王様といえば、「山田錦」(やまだにしき)※です。
※酒米・・・日本酒の原料として使われるために作られたお米です。
※山田錦・・・イネ(稲)の品種の一つ。主に日本酒醸造に用いられており、酒米の王ともいわれています。
当時は、山田錦を栽培しているところは少なく、兵庫県外には基本的には販売しない、という流れがありました。
玉乃光は兵庫県とのかかわりがあったため、山田錦を一部分けてもらっていましたが、大量には渡せない、とお断りされたのです。
そこでなにかいい酒米はないかと探していたところ、「雄町」がありました。
雄町は江戸時代ではNO1の酒米でしたが、作付けが難しい。稲の背が高く、倒れやすく病気にもかかりやすい欠点があったのです。
しかし、優秀な酒米であったため、雄町をルーツとしてさまざまな酒米も生まれています。山田錦も雄町の孫にあたります。
山田錦をはじめとする他の優秀な酒米の誕生もあり、雄町は次第に廃れていきました。
それでも、岡山県の一部では細々と造られ続けられていました。ただし用途は酒米ではなく、背が高く見栄えが良いですから、神社などの飾りに使われていたのです。
そこで玉乃光酒造は、岡山県内の酒造会社の一社とタッグを組んで出資し、雄町を復興しました。
私たちが雄町の全量を買い付け、それを使って雄町のお酒を造り、出荷し続けました。
先ほどの漫画家の方からの評判もあり、農家の方もこんなに買い付けてくれるのであればと、本腰を入れて雄町をつくるようになったのです。
2022年の生産量は酒米として、4位まで復活を果たしました。雄町の生まれ故郷である岡山県南部(備前地方)で栽培されており、総称して「備前雄町」と呼ばれています。
そういう意味で、私たちが「備前雄町」を育てたという思いがあります。
オーガニック日本酒「有機純米吟醸 GREEN」が新登場
──今回、有機農法で栽培した酒米を使用したオーガニック日本酒「有機純米吟醸GREEN山田錦」「有機純米吟醸GREEN雄町」が発売されて話題になっていますね。
丸山社長 これまで、純米酒に注力し、広めるよう尽力していた玉乃光酒造が、オーガニック※分野でのお酒造りを行うことは自然の流れだったと思います。
※オーガニック・・・農薬や化学肥料に頼らず、自然の恵みを生かした農業や加工方法を指します。
まずは、農家に有機肥料だけを使った雄町を作ってほしいとお願いしました。「農薬をからだに入れないように心がけたお酒造りを」という精神で出来た商品が、「有機肥料使用 純米大吟醸 備前雄町100%」です。
こうした取り組みがトレサビリティ※や後のオーガニックの精神へとつながっていきました。
※トレサビリティ・・・商品の生産から消費までの過程を追跡することを意味します。
玉乃光では、数年前からオーガニックの酒米を作って欲しいとお願いしてきましたが、実現するまでには長い道のりでした。
オーガニック米は、隣の田んぼから農薬が降りてくるようでは作れません。段々畑では上の水が下へと落ちてきます。まず、田んぼのお水が混ざらず、隣から農薬が来ないことが前提となるため、栽培は難しいと言われてきました。
しかし最近になって、農業法人による、規模の大きな田んぼができるようになりました。地域が一体となって農業を行うことで、オーガニックなどへの取り組みも行いやすい環境が整ってきたようです。
若い農業従事者からも、「今後はオーガニックにも取り組まなければなりませんね」と志を同じくされたため、前に進むことができたのです。
とはいえ、普通に頼んでもほぼ断られます。特に、ただでさえ栽培が難しい酒米での有機農法は難色を示されます。
そこで、杜氏(とうじ)※自らが、滋賀県の米農家にかけあうことで山田錦を有機栽培で、その後、岡山県の米農家の協力のもと雄町を有機栽培でつくれるようになりました。
こうして、悲願のオーガニック日本酒・・・有機栽培で作られた酒米を100%使った「有機純米吟醸GREEN山田錦」「有機純米吟醸GREEN雄町」が誕生しました。
※杜氏・・・お酒造りの最高責任者で、杜氏の下で働く蔵人(くらびと)を管理・監督します。
2022年2月にEUオーガニック認証、USDAオーガニック認証、エコサート認証の3つを取得しています。
そしてアメリカやEUなどの海外市場ではオーガニックの野菜や果実が人気です。
海外でのビジネスを展開していくためには、オーガニックの日本酒を提供することは、重要といえます。
2022年10月に、農水省管轄の「有機JAS認証」に酒類が追加されたことも追い風となるでしょう。
──「有機純米吟醸GREEN山田錦」「有機純米吟醸GREEN雄町」と個別の商品についての反響はいかがですか?
丸山社長 近年では、消費者のオーガニック商品の関心が高く、オーガニックフェアを開催しているスーパーが増えています。そこでは、良い評価をいただいていますね。
次はアメリカとヨーロッパ系の代理店と組み、先進国への販売も強化しようとしています。
京都・烏丸高辻に酒粕レストラン&ショップをオープン
──酒粕レストラン&ショップ「純米酒粕 玉乃光」もオープンされましたね。
丸山社長 レストランは、純米吟醸の副産物であるお米と米麹だけでできた酒粕「純米酒粕」を使った創作料理を提供しています。
「酒粕が苦手な人にこそ食べてほしい酒粕料理」をテーマに、クセを無くし、美味しさを最大限引き出すレシピを開発し、酒粕を身近なものに感じていただきたいと思っています。
アンテナショップの役割としては、「玉乃光」の存在を知っていただき、直接お客さまのお声を聴くことのできる場所でもあります。
ありがたいことに、メディアにも取り上げていただく機会も多く、たくさんのお客様との接点が持てるようになりました。
「純米酒粕 玉乃光」は、薬師如来像で有名な因幡堂(平等寺)の側に位置し、築100年以上の元箪笥製造卸の町家をモダンにリノベーションした造りで、歴史を存分に感じていただける空間となっています。
新規事業では、酒粕をもとにした食品開発も手掛け、日本酒を普段飲まない方も、「玉乃光」というブランドを知っていただく効果も狙っています。
これは食品ロスの削減という視点もあります。酒粕は、日本酒製造の副産物で、余ってしまうことが多いです。
それでは、もったいない。栄養価も高い酒粕は、もっと可能性があるはずです。特に玉乃光の酒粕は、純米吟醸から出来た酒粕であり、香り高く、京都の料亭での評価も高い。
弊社では年間約100トン以上の酒粕が出来ますが、これに付加価値を与え、有効利用できる事業としたいと考えています。
基本、日本酒はどの食でもマッチする
──お酒と食とのペアリングについてはいかがですか。
丸山社長 基本、日本酒はどの食でも合います。特に魚卵や生ものにマッチします。
まず、私は日本酒とヨーロッパのどの食材がマッチするかについていろいろと試したところ、キャビア、チーズ、カキの生ものがよく合います。
そもそも、醸造酒は、発酵した食べ物と合いやすいと思います。
先日、パリに行ったのですが、多くの日本人がチーズ製造所で働いており彼らも「チーズは日本酒とよく合いますよ」と言っていましたね。
和食文化が海外に浸透し、日本酒への需要の伸びに期待も
──外国人向けへの販売は。
丸山社長 海外における日本酒の存在感は高まっています。
先日、世界ソムリエ大会の決勝に立ち会うことができました。
ソムリエの予選大会では日本酒の問題が3つ出ていたようです。ソムリエは日本酒についても勉強しなければなりません。
これは2013年に「和食」が世界遺産となったことが大きいと思いますね。
今では、ヨーロッパのトップソムリエやシェフにとっても、和食のだしやうまみは身近な存在になり、和食の「UMAMI」がそのまま通用するようになっています。
うまみやだしによって、フランス料理の味にも変化がでてきました。
実際にソムリエ大会での料理は薄味でしたし、パリのレストランも濃い味付けは減っています。
日本酒に合うようになってきている気がしますね。
玉乃光は外国への販売は約40年前から展開し、今の輸出先は30か国以上に及んでいます。料理のトレンドの中で今後、海外での日本酒の伸びは相当期待できます。
玉乃光酒造もこの和食と日本酒ブームに沿いつつ、新たな需要を拡大していくことになります。
玉乃光酒造株式会社
〒612-8066 京都市伏見区東堺町545-2