飲み手に日本酒を美味しく飲んでもらう資格「唎酒師」。5万人にもおよぶ取得者から大きな支持を獲得

ワインにソムリエの資格があるように、日本酒や焼酎にも専門資格があります。

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(以下、SSI)は、飲み手に日本酒を美味しく飲んでいただくために「唎酒師」(ききさけし)」の資格制度を創設し、今や5万人に迫る合格者を生み出しています。

SSIは日本酒の提供者の育成を通じ、日本酒の普及を図っています。

今回は、SSIの専務理事である日置晴之さんに唎酒師の役割や意義、日本酒と水の関わりについてお話をうかがいました。

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会

日置 晴之さん

事務理事

お水は日本酒の魅力に直結する

日本酒の魅力や正しい情報を伝えるのが使命と語る
SSI専務理事の日置晴之さん

──日本酒における水の役割から教えてください。

日置晴之さん(以下、日置さん) 日本酒造りで、水は最重要の要素です。日本酒の成分の8割が水ですし、造りの工程で50~60倍の水が必要です。

ですから、酒蔵※は水が豊富な場所に多く点在しています。

※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯蔵したりする蔵のことを指す。

日本酒造りでは、水の他に米、技術、気候風土などさまざまな要素がありますが、この中でも唯一移動できないのが水です。

酒米でいえば、兵庫県の山田錦は、北は北海道、南は九州地方まで移動し、お酒造りの原料に使用できます。

本来は寒いところで造らないと上手に発酵できないといわれてきましたが、これも冷房設備によって対応が可能になりました。

さらに杜氏※も、出稼ぎでさまざまな地方の酒蔵で働くため、人も移動できるのです。

※杜氏・・・酒造りの最高責任者で、働く蔵人(くらびと)を管理・監督する。

そういった中で、唯一水は移動が困難です。よって使用する水で、地域特性があらわれてきます。

「灘の宮水に、伏見の御香水」という言葉があるように、水の硬度によって味わいが変わります。ですから、日本酒の味わいを決定つける要素が水と言えるでしょう。

日本は縦に長く地質もさまざまで、色んな水質です。

この水質の違いが日本酒の味わいに直結していることは是非知って欲しいですね。

特に、多くの外国の方々が日本酒に興味を示していますのでそういった方々に正しい知識を伝えていただきたいと思います。

──あえて正しい情報を伝える啓発活動の組織団体を設立するきっかけがあったのでしょうか。

日置さん 30数年前の設立当時は、今のようにウェブサイト等も発展しておらず特に海外では日本酒や焼酎に関しては間違った情報が多かったのです。

これは日本人に責任があり、日本人が間違った情報を伝えたことによります。

分かりやすい事例では、日本酒とワインの根本的な発酵形態や造りが全く異なっていながらも“ライスワイン”と訳すなど、誤解を与える言い方や誤った情報を外国人に伝えてしまったのです

このような中、私たちは日本酒に携わる者として正しい情報を伝え、日本酒の魅力をきちんと理解していただくためにこのSSIの設立にあたりました。

また、SSIの設立に関しては次のようなエピソードもあったと聞いています。

平成に移り変わったころ、多くの若手ソムリエたちが、フランスなどのワイン大国でワインを勉強しに行ったとき、

ところであなたの国にはお米からできるワインみたいのがあるよね。
それについて教えてよ。

この質問に対し答えられなかったことがSSI設立の始まりにもなったと。

日本人として自国の日本酒についてもしっかりと学ばなければならないというエピソードがSSI設立にもつながったと。

日本酒の「唎酒師」の資格制度 伝道師の役割も

世界唎酒師コンクールも行った

──SSIではどのような取組みをされているのでしょうか。

日置さん SSIは、教育機関としての役割があります。ターゲットは圧倒的に社会人。特に日本酒業界で今活躍されている方のための教育機関です。

「勉強しましょうね」だけではなく、勉強していく上での目標となるよう資格制度として展開しています。さらに日本酒の知識や魅力を伝えられるインストラクター養成テイスティングに特化した資格など唎酒師取得後もさらに次の目標となる資格を準備しています。

また、継続した情報のアップデートを目的に、年会費制度を導入しています。すでに日本酒に関しての知見はある程度ありますが、他の資格を勉強したり、セミナーに参加することで、さまざまな参加者との交流を通じ新たなビジネスに発展や、新しい発想のヒントが生まれるきっかけにもなっていると感じています。

ここで誤解されないように説明したい点が一つあります。

SSIをメーカーの業界団体と受け止める方がいらっしゃるのですが、私たちの立ち位置はあくまで消費者団体として日本酒を正しく未来へ継承していくことを目標としています。

このような考えのもと、2023年からは日本酒の提供者向けの唎酒師とともに、一般の方へ向けた、日本酒をより楽しむための資格「日本酒ライフスペシャリスト」の2本立てで展開しています。

「唎酒師」の1日コース

──私から見ると、この唎酒師の資格の存在は提供者側にとってはとても大切なように思えます。

日置さん ありがとうございます。ただ、提供者の多くは、日本酒だけを学習すればそれでよいと勘違いしているのですが、日本酒の知識のみならず幅広い飲食全般の知識をまずは理解いただいたうえで料理とのペアリングなど、日本酒のポテンシャルが高いところをしっかりと学習していただいています。

食と日本酒がうまくマッチすると、「日本酒はさまざまな料理と合うね」という評価につながります。

日本酒における消費者の楽しみをもっと広げる場としても、唎酒師の資格は有効だと感じています。

また、唎酒師の学習の中では日本酒の香味特性別4タイプ分類という当会オリジナルのソフトを学んでいただいております。

これは、会の発足当時SSIでは、2万種類以上の日本酒をテイスティング検証し、日本酒が香りと味の組み合わせにより4つのタイプに分類できることが分かり30年以上の歳月をかけブラッシュアップしてきた提供用のソフトです。

日本酒を香味の組み合わせで4つのタイプに分類

日本酒の4つのタイプ

──その4つのタイプを詳しく解説お願いできますか。

日置さん それは次の通りです。

  • 薫酒(くんしゅ)
    香りが高いタイプ。甘い果実や花のようなフルーティーな香りが特徴。味わいは比較的軽快なものが多くみられる。主に大吟醸酒系※・吟醸酒系※
  • 爽酒(そうしゅ)
    軽快でなめらかなタイプ。最も軽快な香味で、すっきりとした飲みやすさが特徴。淡麗と表現されることが多いタイプ。普通酒系※・本醸造酒系※・生酒系※
  • 醇酒(じゅんしゅ)
    コクのあるタイプ。米の酒ならではの旨味やコクを感じさせる香味。ふくよかという表現がぴったりなタイプ。純米酒系※・生酛(きもと)系※
  • 熟酒(じゅくしゅ)
    熟成タイプ。黄金色などの色調、ドライフルーツやスパイスに例えられる熟成香、とろりとした飲み口と濃厚な味わいを持つ個性的な日本酒。長期熟成酒系※・古酒系※
日本酒の用語解説
  • 大吟醸酒
    吟醸酒のうち、精米歩合が50%以下の白米を原料として製造し、固有の香味や色沢が特に良好な清酒を指す。
  • 吟醸酒
    米を重量にして、精米歩合60%以下の白米を原料に用い、低温で長期間発酵させて造る。
  • 普通酒
    吟醸酒、純米酒や本醸造酒などの「特定名称酒」として分類されない日本酒の通称。
  • 本醸造酒
    純米酒に近い香りと風味を持ち、しかも純米よりも淡麗でまろやかな日本酒を指す。米の外側を3割以上(精米歩合70%以下)に削った白米を原料に用いて造る。
  • 生酒
    「火入れ」と呼ぶ60℃ほどの加熱処理を一度もしない酒を指す。しぼりたてのフレッシュな香味を楽しむ酒で、冷やして飲むのに適する。
  • 純米酒
    醸造アルコールを使用せず、お米、米麹、お水を原料にして製造した日本酒。
  • 長期熟成酒
    日本酒の古酒の普及・技術向上を主目的に設立した「長期熟成酒研究会」は、「満3年以上酒蔵で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」と定義した。
  • 生酛
    生酛系酒母の作用で有害な雑菌を排除し、アルコール発酵を促す製造方法。酒の製造方法の中では最も歴史が古く、明治時代の中期まではこの方法が主流だった。
  • 古酒
    日本酒を長期間熟成させた酒を指す。 何年熟成させれば古酒になるという明確な決まりはない。

──この日本酒の4タイプ分類を知る意味はどこにあるのでしょうか。

日置さん 「吟醸酒」「大吟醸酒」など目や耳にしたことがあると思うのですが、これはどのように造ったかといういわば生産の分類なのです。

ですから、どのような香味が特徴でどのように楽しんでいただきたいかといったアプローチを行っていく上では限界があるのです。

さらに「甘口」「辛口」という、従来味わいのアプローチも、香りが華やかであったり、コクがあったり、飲酒経験などによっても、尺度がバラバラなのが実情です。

──完成された日本酒を4つに分類することでそれぞれの日本酒の持つ楽しさが広がりを見せるのですね。

日置さん 日本酒を香味の特性で分類し、その個性を生かした提供をすることが唎酒師の使命だと感じています。

また、食材に旬があるように、近年は四季折々の日本酒があります。

そういった日本酒に合わせて、季節の移り変わりや年中行事を組み合わせた提案方法なども学んでいただいております。

さらには、日本酒独自のアイデンティティの一つといえる温度の多様性にも注目し、なぜその温度で提供するべきかなども日本酒の4タイプを学ぶことでしっかりと導き出すことができるのです。

講習での学びはコミュニケーションに活かす

唎酒師の資格取得講習会のもよう

──日本酒の魅力を通じて、日本文化そのものを学ぶことにも通じると思うのですが、唎酒師の講習での学びを皆さんどう活かされているのでしょうか。

日置さん まず、唎酒師の参加される方の割合をお話しすると業界従事者、いわゆるお酒を生業(なりわい)としている方が7割で、残り3割が一般の方です。

この7割のうち4割が飲食店、3割が酒類販売や流通関係者です。

まず、唎酒師の資格取得をされた方が口をそろえて、

日本酒を切り口にしたコミュニケーションの糸口や接点になっている

と、語っています。

また「この人は日本酒に詳しいんだな」という信頼度を示すために活用されています。

唎酒師を勉強していない飲食店従事者の場合、「今はこの季節で、この食事であればこの日本酒が合いますよ」という提案はなかなかされません。

お客様から「この日本酒をお願い」といわれたら、注文されたお酒を運ぶだけといった一方通行のコミュニケーションが、唎酒師を取得したことで、さまざまなシーンで提案でき、より深いコミュニケーションが生まれているように感じます。

こういったお客様との双方向のコミュニケーションが何よりの活用方法ではないでしょうか?

──実際の若い方の中には、多様な銘柄に富んだ日本酒で何を飲んだらいいのか分からないという声もあるのではないでしょうか。

日置さん 私たちも日本酒を飲まれない方にアンケートを取ったところ、「おすすめをしてくれないから飲まない」との回答が多く、78%の比率を占めていました。

ですから、飲食店の方も怖がらずに、自信をもってしっかりとお薦めしたら、日本酒を飲んでくれる人は必ず増えるはずです。

──次に消費者向けの資格「日本酒ライフスペシャリスト」講習会が開催されましたが参加者の反応はいかがでしたか。

日置さん 皆さん非常に意欲的でした。

日本酒と料理のペアリングはもちろんのこと、蔵元をお招きしバーチャルの動画も交えながらの日本酒の造り方や器で異なる味わいの変化など、「日本酒って楽しいね」「もっと日本酒を楽しく美味しく飲めるようになりそう」と主催側として非常に嬉しいお言葉を頂きました。

世界に向けて、日本酒の情報発信

──最後にSSIのホームページにありましたが、「世界の酒 日本酒」についての想いに関して教えてください。

日置さん 世界各国でワインが飲まれているように、世界各国で日本酒が飲まれて欲しいとの願いと想いが「世界の酒 日本酒」です。これは、会の設立からのスローガンとして掲げてまいりました。

日本酒は、日本人のアイデンティティが集約されていると感じています。

日本人の緻密さ、繊細さ、さらには料理の邪魔をせず、謙虚ながらもどのような料理にも寄り添う汎用性。

これらの日本酒の魅力をもっともっと世界で感じていただき、世界各国の方々に日本酒を楽しんでいただけるよう今後も頑張ってまいります。

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会
〒112-0002 東京都文京区小石川1-15-17 TN小石川ビル7F
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FAX:03-5615-8200

この記事の執筆者

長井 雄一朗

建設業界30年間勤務後、セミリタイアで退職し、個人事業主として独立。 フリーライターとして建設・経済・働き方改革などについて執筆し、 現在インタビューライターで活動中。

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