高砂酒造株式会社は北海道・旭川で1899年に創業を開始した酒造店です。当時、旭川は開拓の勢いもあり『北海の灘』とも称されるほど酒造りの盛んな土地として知られ、高砂酒造を含む多くの酒造店がこの地で創業しました。
現在は、産学連携で酒米・日本酒醸造を行う「旭農高日本酒プロジェクト」や若い世代に日本酒の魅力を伝える「若蔵 WAKAZO KURA challenge」、日本酒だけでなく酒粕を使った加工品開発など、多彩な取り組みで日本酒市場を賑わせています。
今回は、高砂酒造株式会社の酒造りを支える旭川の水や北海道産米といった原料、ユニークな貯蔵法、酒粕を使った加工品について企画部の廣野徹さんにお話を伺いました。
高砂酒造株式会社
廣野徹さん
企画部
北海道開拓の波に乗り、1899年に酒造店を創業
──創業からこれまでの歩みについて教えてください
廣野 徹さん(以下、廣野さん) 高砂酒造は、福島県若松市に生まれた小檜山鐵三郎が創業した酒蔵です。
創業者の小檜山鐵三郎は、はじめ『角上(かくじょう)』を屋号に札幌で乾物商を営んでいましたが、その後旭川へ移り雑穀商を営み始めました。
北海道開発の波が勢いを増していたこと、人口も増加していたことから旭川の地の利や機会にも恵まれた鐵三郎は熟考し、酒造業に転身することを決意。
1899年に現在の高砂酒造の前身となる「小檜山酒造店」を創業しました。
小檜山酒造店の創業は旭川では4番目でしたが、その後相次いで10余の酒造店が相次いで創業し、旭川の酒造店は8年間で15軒にも増えました。
旭川で酒造が盛んになった理由とは?
──旭川に酒造店の創業が多かったのはなぜでしょうか
廣野さん 一つには旭川に水資源が豊富であったこと、また開拓や鉄道開通が進んだことで人口が増え、物流が良くなったことも酒蔵が増えた理由と言えます。
上川盆地に位置する旭川は、周囲を大雪の山々と4本の河川(美瑛川・牛朱別川・忠別川・石狩川)に囲まれた水資源の豊富な町です。
良質で豊富な地下水は、季節による質的変化もほとんどありません。
──お酒造りに欠かせない良質な水資源に恵まれた土地だったのですね。
廣野さん はい。それに加えて、開拓のための伐採によって、酒造りの燃料とある木材が手に入りやすかったこと、開拓によって人が増え、食用米の栽培も盛んになり、安定した収穫が可能になったこともお酒造りをしやすい環境を作った要因でしょう。
また、囚人たちの労役によって札幌と旭川を結ぶ道路が開通、旭川とそれぞれの要地が次々と鉄道が開通していったことで流通が発達、街が発展し、それに伴ってお酒の需要も大きく伸びました。
旭川で酒造店が増えたのには、こうしたさまざまな理由が合わさってのことだと考えています。
──酒造りには忠別川流域に属する地下水を使用されているとのことですが、このお水の特徴やお酒の味わいに与える影響についてお聞かせください。
廣野さん 忠別川流域の地下水は鉄分が少なく、アンモニア、亜硫酸を含んでいないことから、日本酒造りに適した水です。また、硬度30度ほどの軟水なので、この水を使ってお酒を作るとすっきりと辛口の味わいの酒に仕上がります。
旭川はとにかく、水が綺麗で美味しい場所です。以前は旭川の水道水をペットボトルに入れて売られていたこともあったと聞いています。
改良により高い品質を誇る北海道米
──高砂酒造様のお酒造りに使われている北海道米(北海道産酒造好適米)について教えてください。
廣野さん 1998年に初の北海道産酒米として開発されたのが「初雫(北海278号)」です。2000年には、初雫にさらに改良を加え、大粒で寒さに強い「吟風(空育158号)」が誕生しました。
そして2006年には「彗星(空育170号)」、2014年には「きたしずく(空育177号)」と、次々に北海道で育った酒造好適米が生まれました。
酒にした時の味わいにはそれぞれ以下のような特徴があります。
酒米の改良により、味わいも豊かで香り高い酒や淡麗なキレの良い酒が出来るなど酒質は格段に上がりました。
──北海道でこれほど多様なお米が作られているとは知りませんでした。
廣野さん 実は北海道の米の生産量は新潟に次ぐ全国2位です。
これまで、北海道米は本土では「炊き立ては美味しいけど時間がたつとぱさぱさしてしまう」とあまり人気がありませんでした。
しかし、開発を重ねていく中で「ゆめぴりか」「ななつぼし」など、ふっくらとした美味しいお米が作られるようになりました。
北海道で米を育てるに当たっては「日照時間の短さ」「気温の低さ」がネックになります。そのため、耐冷性のある品種と本土の品種を掛け合わせ、寒さに強くお酒造りに使って美味しい酒米の開発が進められてきたのです。
そうした努力もあり、今では本土の有名な酒造メーカーさんから「北海道米を酒米として使いたい」と注文を頂くほど、北海道ブランドのお米の需要は高まってきています。
雪の中でお酒を熟成させるエコな貯蔵法「雪中貯蔵」
──北海道の気候を利用した貯蔵方法があると伺いました。
廣野さん 醸造した酒の酒質をさらに高めるため、冬季の間、お酒を入れたタンクを雪で覆って長期低温熟成させる「雪中貯蔵」という貯蔵方法を採用しています。
タンクの中には、12月頃に搾った新酒が入っており、熟成は12月の下旬ごろから3月の中旬〜終わりごろまで続きます。
熟成中、タンク内の温度はマイナス2℃前後に保たれ、雪から掘り出して開封するまでは、外気にタンク表面が直接触れません。
一般的な貯蔵庫ですと人の出入りがあるために部屋の上部と下部で多少の温度変化が生じます。対して、雪中貯蔵なら雪に囲まれたタンクの中ではほとんど温度変化がなく、熟成環境をより安定させることができます。
この貯蔵方法によって、かどがとれ、まろやかな味わいの日本酒になります。
また、北海道の広大な大地と自然の気候を最大限に利用して熟成させるため、電気代がかからないエコな貯蔵方法とも言えるでしょう。
甘口から辛口へ。日本酒ニーズの変化を捉えた「国士無双」が一躍人気に
──高砂酒造さまの看板商品「国士無双」が全国で広く人気を博したのはどういった理由からでしょうか?
廣野さん 「国士無双」は1975年に誕生し、男性的かつ爽やかな辛口の旨さで評判となったお酒です。
「国士無双」の誕生前までは、甘口が主流となっていましたが、これは、当時の嗜好というよりはむしろ時代の流れと言えるかもしれません。
終戦から間もない頃は、ほとんどの酒造メーカーが少ない原料米から少しでも多くの酒を造ろうとアルコール度数を上げたり加水をしていたりしていたため、日本酒の主流は「辛口酒」でした。
その反動で、物資が豊かになり原料米の供給の心配がなくなってくると、今度は一気に「甘口酒」が主流となり、甘口全盛時代がしばらく続きました。
その後、酒の味や品質が改めて問われ始めるようになると、米と米麹だけで作る「甘いだけではない」すっきりとした辛さを含んだ高品質な辛口の酒へのニーズが高まってきました。
そのタイミングで時代の流れをいちはやく掴みとり、一念発起して世に送り出したのが高砂酒造の辛口清酒「国士無双」です。
──国士無双はまさに時流を捉えたお酒だったのですね。商品名にもかなりのインパクトがあります。
廣野さん 「国士無双」はもともと中国の歴史書の史記の中で当時韓信のことを「この世(国)に並ぶものがいないほど優れた人物」と評されたことに準えたものです。
当時の4代目社長である小檜山亨は『天下に二つとない酒、後世に語り継がれる酒となるように』という願いを託して名付けられました。
廃棄されていた酒粕を活用した酒粕商品が人気
──酒粕を原料としたさまざまな商品開発に取り組んでおられるとのことですが、酒粕を別の商品に利用しようと考えたきっかけは何でしょうか?
廣野さん 酒粕はお酒を搾る際に精製される副産物で、1タンク醸造すると、そのうちの約3割が酒粕になります。
酒粕には不純物が混ざったり異物が混入してしまったりするリスクもあることから、昔は廃棄してしまったり、飼料や肥料として安く売ってしまう酒蔵も多くありました。
高砂酒造でも年間約40〜50トンの酒粕が精製されていましたが、昨今のSDGsの観点から無駄なく酒粕を有効活用しようと2007年より積極的な商品開発をスタートさせました。
現在では、酒粕を使用した商品が約30〜50品ほどが販売されています。
酒粕はビタミン、葉酸、食物繊維、レジスタントプロテインなど栄養が豊富で、高血圧や成人病予防にも役立つ食材です。
また、昔から発酵食品や料理にも多く使用され、風味はもちろんコクや旨味を高める調味料として各家庭で愛用されてきた歴史もあります。
現在は毎年精製される酒粕の全量を商品開発に活用しています。
──酒粕を使ったどのような商品が人気ですか?
廣野さん 人気商品には、
などがあります。
「旭高砂牛」は酒粕が牛の肉質に与える影響を、北里大学獣医学部と共同で研究を進めたものです。酒粕を飼料とした牛は肉質が柔らかくなり、多汁性・脂分が高くなることが証明されています。
現在、年間150〜200頭が育てられる希少なブランド牛となっています。
廣野さん 「酒粕ブルーチーズ 旭川」は、ANAとJAL国際線ファーストクラス機内食に採用された「江丹別の青いチーズ」を酒粕で覆い、更に追熟させたものです。
酒粕の甘い香りと青カビの風味が見事なハーモニーを奏でる一品です。チーズを酒粕で覆うことにより、風味だけでなくチーズに含まれるアミノ酸が大幅にアップするといった効果もあります。
この商品は、一流シェフやカリスマバイヤーなど「食」分野の専門家たちによって選ばれる「北のハイグレード食品2018」にも認定されています。
廣野さん そのほか、酒粕の持つ旨味や甘味はチーズケーキやアイスクリームなどの乳製品との相性も良いことから、数々の企業と商品開発・販売を進めています。
多方面・他分野から日本酒市場を盛り上げていきたい
──今後の展開や方針、取り組んでいきたいことなどをお聞かせください
廣野さん 酒造ですから、もちろん日本酒を売っていきたいという気持ちが一番です。
ですが、日本酒の需要が縮小していく中で新たな日本酒を開発し、飛躍的に売り上げを伸ばすのは今後、難しいとも感じています。
そのため、弊社では2025年に50周年を迎える「国士無双」の販売を中心に、以下のような取り組みにも力を入れています。
- 若い世代に日本酒の魅力を発信する若蔵(わかぞう)プロジェクト
- 産学連携や官民連携でのプロジェクト酒
- 道内各地の地域特性を生かした日本酒造り
- 北海道の地域特産品を使用したリキュール(日本酒ベースの果汁梅酒やヨーグルト酒)
- 異業種企業とコラボした酒粕・日本酒を用いた商品開発
──さまざまな分野にチャレンジしたり、新しい取り組みを始めてみたりと、高砂酒造様は挑戦に前向きな会社風土があると感じます。
廣野さん そうですね。弊社は日本酒だけでなくさまざまな商品・プロジェクトの力を合わせて、日本酒市場を盛り上げていきたいと考えています。
まずはどんなこともやってみなければ分かりません。「やってみて良いか悪いかを判断しよう」というような考え方が弊社の基礎にはあるかもしれません。
今後も失敗を恐れず、新しいことにどんどん挑戦していきたいと思っています。
──色々な分野に挑戦して、総合的に日本酒市場を盛り上げていくということですね。今後の高砂酒造さまの活躍がますます楽しみです。
廣野さん 今後も旭川の地酒蔵として、全国の皆様に弊社を知ってもらい日本酒の魅力を伝えられるような商品作りを続けていきたいと思っております。
高砂酒造株式会社
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