日本の酒情報館は、日本酒・本格焼酎・泡盛・みりんの魅力のすべてを「見て・触れて・体験する」ことを通じて、世界中の人に知っていただくことを目的としています。
特に今年は、インバウンド需要※が戻り、訪日外国人の情報館への訪問が増えています。
今や日本酒は、世界中から注目されているのです。今回は、日本の酒情報館の館長である今田周三さんに話をうかがいました。
※インバウンド需要・・・日本の観光業では、海外から日本を訪れる訪日外国人の消費を意味します。
日本の酒情報館
今田 周三さん
館長
お水は米以上に品質に対する影響は大きい
──日本の酒情報館の概要からお話をうかがいます。
今田 周三さん(以下、今田さん) まず、「日本酒造組合中央会」は全国の酒造メーカーの9割以上が参加している組合の中央団体です。
日本の酒情報館は、この日本酒造組合中央会が運営している広報施設です。
日本酒、本格焼酎・泡盛、本みりんのメーカー約1700社の商品をPRしています。あわせて、魅力を国内外の方に対し、発信してゆくことがミッションといえます。
訪問される方は年齢・男女区別なく、非常に幅広い。最近では海外の方が増えているのが大きな特徴ですね。
──日本酒におけるお水の役割についてどう思われますか?
今田さん 決定的な役割だと思います。ある意味、おコメ以上に品質に対する影響が大きいのがお水といえます。お酒の約7~8割はお水で構成されています。
お酒を発酵させるときにも、希釈(きしゃく)※するときにも、それぞれお水を使うのです。
酒蔵※は、地下水をくみ上げてそのまま使うことが多いので、お酒の味はその地下水に大きく左右されます。
※お酒における希釈・・・原酒を水で割ってアルコール度数を調整することを指します。
※酒蔵・・・お酒を製造・販売する会社のことを指します。
日本は諸外国と比べ、軟水が多い国で、飲むと柔らかく飲みやすいのです。一方、硬水に含まれるミネラル成分は、発酵を促進する役割を果たしています。
つまり硬水は、発酵力が強く、力強いお酒を生みやすいのです。
まず硬水・軟水という水質の違いにより、発酵の仕方も異なってきます。結果、お水は出来上がったお酒にも差が生まれる要素なのです。
例えば、兵庫県の西宮市から神戸市にかけての灘と呼ばれる地域の水は「宮水」と呼ばれ、発酵力の強い硬水として有名です。
ここには山があり、海も隣接し、さらに古代から貝殻が地層の中に堆積しています。このような地層を経て生まれるお水は、ミネラル成分に富んでいます。
それで灘のお酒は力強く、通称「男酒」とも呼ばれています。
また、千葉のいすみ市や御宿にかけての地域にも硬水が出ます。全般的に軟水が多い日本でも、ところによって硬水が出るエリアがあります。
もちろん例外はありますが、硬水を使われている酒蔵のリストを見ると、比較的海沿いに多いようです。
海水のカルシウムも影響します。たとえば灘の「宮水」の井戸は海岸線に近く、浅井戸からくみ上げる水です。そこで海水の影響を受けやすいお水と想像しています。
ただし、海岸線から少し離れた内陸の地域でも硬水はあります。これはそのエリアの地層に、どのような水脈が流れているかによるのでしょう。
私は酒蔵を訪問した時、「どのようなお水を使われていますか?」という質問を必ずするようにしています。
世界のお酒との違いは、麹の技術
──伝統的なお酒の意義についてはいかがですか。
今田さん 伝統的なお酒だから飲み手にとって良いお酒であるとは限りません。
世界のビールやワインと比較すると歴史は短いとは言っても、日本の酒づくりの技術は1000年単位の歴史のなかで造り上げられた技術です。
たとえばワインは、ブドウ果汁に糖分が含まれているため、発酵するだけでワインができあがります。
ビールの主成分は麦なので、ぶどうのようにそのまま発酵することはありません。麦が発芽する時にでんぷん質を糖化する酵素を出し、発酵が進みます。
つまり麦を温かい水の中に入れて、そこで発芽をさせれば、そのまま発酵しビールが出来上がります。
麦が温かい水に浸かって勝手にビールが出来上がったということも歴史的にはあったのでしょう。つまりビールもワインも自然発生的に生まれた可能性があります。
一方日本酒は、おコメを精米して発芽する部分を取り除いてしまうので、おコメのでんぷん質を糖分に変える過程は、自然発生的には起こりません。
そこで登場するのが、お酒だけではなく味噌や醤油などの日本の食文化の基礎となる「麹(こうじ)」※です。
※麹・・・米・麦・大豆などの穀物にコウジカビなどの食品発酵に有効なカビを中心にした微生物を繁殖させたものです。
この麹を使った酒造りが、世界のワインやビールなどのお酒とは異なる日本の酒造りの大きな特徴です。
麹を使った酒造りの技術は、科学的には何も説明できなかった時代に、経験則的なものを積み上げていく中で、つくられました。
そして、その後の技術進歩とともに、より洗練されたお酒になりました。
日本酒と他の醸造酒の違いは、アルコール度数が高い点にあります。
ワインは10~12度、ビールは5度程度ですが、日本酒は原酒で16~17度、高くなると20度くらいになります。
圧倒的にアルコール度数が高い理由は、麹を使った糖化とアルコール発酵が同時並行的に進む並行複発酵という技術によって可能になっています。
この麹を使った伝統的な酒造りは、世界に類を見ない技術といえます。ですから、日本酒の技術にとどまらず日本の食文化全体として誇るべきものと言えるでしょう。
現在、この「伝統的な麹菌を使った伝統的な酒造り技術」をユネスコの世界無形文化遺産へ登録する活動をしています。早ければ数年のうちに認可されることを期待しています。
日本酒をユネスコ世界無形文化遺産に登録へ
──外国人の日本酒ブームが続いていることも登録の後押しになりますね。
今田さん 海外の日本酒ブームは依然として続き、輸出も伸びています。背景として、「和食」が2013年にユネスコの世界無形文化遺産の登録されたことが挙げられます。
もともと、和食はヘルシーということで海外でも人気があったのですが、2013年の登録以降、海外での和食レストランの数は数倍に増えました。それに伴い、日本酒の輸出も伸びたのです。
日本酒と食との組み合わせでいえば、必ずしも和食に限定していません。イタリアン、フレンチなどの洋食を食べながら、日本酒を飲んでもうまみが増します。
そういう意味で、「ペアリング」※は重要なキーワードであり、重点的にPRをしています。
※ペアリング・・・お酒と食べ物の組み合わせをいいます。
もし、ペアリングを和食だけに限定してしまうと、和食レストランが増えた分だけしか日本酒も普及していきません。
私たちは、洋食や中華料理でも日本酒を飲んでいただくような活動を続けていきます。
これからはフレンチやイタリアンレストランで、ドリンクメニューが配られた時に、「ワイン」「ビール」とともに「SAKE」という項目が普通に入っているような存在を目指しています。
世界のソムリエから日本酒の関心高まる
──ある酒造会社からうかがいましたが、世界でもかなり有名なレストランに納入しているようで、日本酒全体が大きな存在感を示しているようです。
今田さん それはその通りです。日本酒造組合中央会は、2020年からフランスのソムリエ協会と、2022年には国際ソムリエ協会とそれぞれパートナーシップを結びました。
今、フランスや世界で最高のソムリエを決めるコンテストがありますが、その試験問題にここ2~3年は日本酒の問題が必ず出るようになっています。
日本酒の問題が提出されている意味は、世界一のソムリエになるためには、日本酒の知識を持たなければなれないのです。
その先には一流レストランのシェフも興味を抱いています。
フランスの一流ホテルでも、ペアリングメニューの存在が高まっているようです。一つのお皿に、一つの飲み物を提案するメニューがあり、これまではほぼワインをベースにしていました。
しかし、最近では4品中3品目にサプライズとして、日本酒を出すケースもあります。シェフが、「こちらはなんのお酒かお分かりですか」とお客さんに謎かけをし、最後に「実はこれが日本酒なのです」と謎解きをするケースもありました。
海外の料理も変化しています。たとえば昔のフレンチであれば、シチューなどの煮込み料理をつくる際には、肉を一日中煮込み柔らかくしていました。
今のフレンチは生の魚料理を出し、かけるドレッシングも薄味のケースもあり、さらに塩レモンというシンプルな味わいでの料理も増えています。
つまり、フランス料理だけではなく、世界中の料理がより淡泊になる傾向で、これは和食の影響があると思うのです。
また、和食の技法である昆布やカツオでだしを取ることも、世界の料理の中でも一般化しつつあります。そうなると、世界の料理と日本酒に対する親和性はますます高まっています。
──最近、ある酒造会社ではスパークリング日本酒も売り出し、商品の多様化を感じています。
今田さん 日本酒の品質の多様化が流れとしてあります。昔であれば、ある日本酒ブランドであれば、その味は統一していました。
しかし、今は同じブランドであっても、スパークリング、本醸酒、純米酒もあり、大吟醸や甘口などを取り添え、10くらいの派生製品があるのが当たり前になり、バラエティーも豊富です。
地域の豊かな食文化とお酒は密接な関係
──全国の酒蔵を巡られたと思うのですがその感想を。
今田さん 日本は東西南北に細長い島国です。北と南では気候も異なり、調味料も含め食べものも違います。
全国の酒蔵を巡って興味深かったことは、全国にそれぞれ食文化があり、それに寄り添うお酒の味が存在することです。それは酒蔵を巡る最大の楽しみといえます。
日本と共通している国は、細長い半島のイタリアです。それぞれの地方に豊かな食文化があり、同様に地酒も存在しています。地域の食とお酒を楽しむことがイタリアングルメのだいご味です。
現在ではネットや物流が発達しているので、どこにいても全国津々浦々の地酒を手に入れることができるようになりました。
しかし、日本の歴史を振り返ると、日本中のどの町にも、醤油蔵※、味噌蔵※、そして酒蔵がありました。
※醬油蔵・・・醤油を製造するメーカーのことを指します。
※味噌蔵・・・味噌を製造するメーカーのことを指します。
ですから地域の人は全国流通の醤油やみそを買うのではなく、地元で造られた醤油や味噌を買っていたのです。
そこで地域の人は地元の食材を使い、醤油や味噌で食文化を育て、お酒もその地域文化の一端を担っていた存在でした。
確かに地域の特色は薄れつつありますが、日本は一元的な社会ではなく、多様性の社会であり、それが現代にも残っています。
地域の酒蔵を訪ねると、殿様とまでは申しませんが、地元の名士的存在であることがよくわかります。歴史を調べると、地域の文芸、文化や芸術を担うパトロン的な存在の方もおりました。
酒蔵で飲むお酒は特別な体験
──そういうことになりますと、酒蔵ツーリズムはもっと広まってほしいですね。
今田さん 日本酒業界の中でも大切なコンテンツといえます。これから推し進める課題の一つです。
確かに地酒は東京でも購入することはできますが、できれば地域の酒蔵を訪ね、その地域の食文化とともにお酒を楽しんでほしいのです。それが地方創生にもつながります。
東京で飲むことと、地域の酒蔵で飲む体験では別格で強い印象を残します。ただ地域の酒造会社は地域の名士なので、やはり敷居が高く、訪問客を受け入れることに慣れておられない方もおられることは確かです。
今インバウンドが復活し、日本の酒情報館にも、「酒蔵はどこで見学できますか?」という質問はとても多いのです。
酒蔵ツーリズムは、これから本格的に取り組まなければなりません。
今年は日本酒のイベントが活発に
──日本酒造組合中央会は1978年に「日本酒の日」を制定され、最近認知が広まっていますね。
今田さん 日本酒の文化を、改めてみんなで感じて、それを未来に向けて残していきたいという思いから制定されました。
長年、日本酒の日には江戸時代の食文化や伝統芸能に関するセミナーなど、日本の伝統文化を学ぶシンポジウムを開催してきました。
コロナ禍ではオンラインで若く新しい世代も巻き込むような工夫をしています。
昨年の「日本酒の日」には、どなたでも自由にご参加いただける「日本酒で乾杯!」オンラインイベントをYouTube LIVEで開催しました。
やはり、このイベントなどを通じて日本酒の需要を増やしたいという思いがあります。
今年はイベントも活発に開催されるようになりました。先日も東京・渋谷で1万人規模が集まる日本酒イベントがありました。
インバウンドへの対応に注力
──今後の方針としては。
今田さん 日本の酒情報館は、場所の広さとしては20数坪で、席数を見ても20人くらいでキャパオーバーになります。
数百人の方に、同時に「来てください」と言える場所ではありません。ここの特徴としては、女性のスタッフはみなさん英語ができ、メニューやサインも日英表記にしています。
これからはさらにインバウンドの方に注力し、日本酒に関心のある外国人であれば、まず日本の酒情報館に訪問され、ここから地方の酒蔵へと誘客できるハブになれれば望ましい。
実は去年の秋からインバウンドの需要が変わり、今非常に増えているので、今年は大切な年であると認識しています。
日本の酒情報館
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