日本酒に歴史あり。正統『男山』を継ぎ、北海の大地で品質の良いお酒造りにまい進する若き後継者

銘酒「男山」といえば江戸幕府で利用された官用酒。浮世絵にも登場するほどの人気ぶりで、あの暴れん坊将軍で名君と名高い、徳川吉宗も愛飲するほどでした。

この「男山」を正統に引き継いだのが、北海道・旭川市で「男山」などの銘酒を造り続ける男山株式会社です。

江戸時代に「男山」を造っていた「木綿屋山本本家」は江戸時代末期にはお酒造りを廃業。その末裔の方を探し当て、『男山』に関する資料や印鑑などを引き継ぎ、男山酒造り資料舘を開設しました。

まさに、お酒造りに歴史あり。「地産地消を大切にし、地元の方の雇用や酒蔵開放など、地域貢献を果たしていきたい」と語る、男山株式会社の5代目で取締役をつとめる山崎五良取締役に話をうかがいました。

男山株式会社

山崎 五良さん

5代目 代表取締役

公家・近衛家の清酒奨励から始まった男山

山崎家五代目・山崎五良取締役

──まず「男山」の歴史についてうかがいたいと思います。

山崎五良さん(以下、山崎さん) 「男山」※は、江戸時代に、兵庫県・伊丹市で生まれたブランドです。

「男山」は、「鬼ころし」と同様に商標登録が取得できないので、今全国に「男山」という銘柄名でお酒を造っている酒蔵※は15軒くらいあるかもしれません。

この「男山」の発祥は、五摂家筆頭の近衛家が、伊丹領主として清酒醸造を奨励した1661年頃に誕生しました。「男山」の造り酒屋は、木綿屋山本本家(以下、山本本家)。当時、武家の元服の祝儀では「男山」が定番だったのです。

しかし、その後灘酒のブームに押され、江戸時代末期には山本本家は酒蔵を廃業し、正統な「男山」はいったん途絶えます。

男山は江戸時代では有名人が飲んだ話もあります。徳川八代将軍の徳川吉宗や、歴史家の頼山陽※が「男山」をとても気に入っていたという記録も。

一方、山崎家の先祖が北海道で酒蔵を始めたのは、初代・山崎與吉(やまざき よきち)が新潟県から札幌市に移住した時のことです。

また旭川市には、旧日本軍の陸軍第七師団の設置が決まり、陸軍を中心としたまちづくりが進められました。その後、男山株式会社の前身である山崎酒造は、1899年(明治32年)に旭川市で創業しました。歴史的経緯もあり、当社は旭川市で最も古い企業なのです。

専門用語の説明を読む!

※男山・・・江戸幕府で利用された官用酒であり、歌舞伎や浄瑠璃、浮世絵にも描かれるほどの人気を誇った清酒。江戸時代、関西伊丹の地で木綿屋の屋号を掲げて酒造りを行っていた山本三右衛門が男山八幡宮からその名を取って生みだした酒。

※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯蔵したりする蔵のことを指す。

※五摂家・・・鎌倉時代中期に成立した藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立った近衛家・一条家・九条家・鷹司家・二条家(序列順)の5つの一族。摂政・関白職を独占した。

※近衛家・・・公家の五摂家筆頭で、華族の公爵家のひとつ。人臣で最も天皇に近い地位にある家格。歴史的人物に昭和前期に3度首相をつとめた近衛文麿がいる。

※元服・・・公家や武家での成人の儀式。元服を経て一人前の大人として認められた。

※頼山陽・・・江戸中期の歴史家。主な著書に『日本外史』があり、同著は幕末の尊王攘夷運動に強い影響を与えたとされる。なお、日本酒好きで日記には好んだお酒の記述もある。

新社屋完成を契機に社名を「男山株式会社」に改める

男山株式会社本社

──創業時、社名は山崎酒造でしたがどのような経緯で男山株式会社に変更されたのでしょうか。

山崎さん 当初は「北海男山」というブランドで販売を続けていたのですが、北海道のお酒には歴史がないことに引け目を感じていました。

それでも、本州に負けない良いお酒を北海道でも造り続けると意気込んでいましたね。

そんな中、祖父の3代目(山崎與吉)の時代に、「男山」の本家を必死に探したところ、冒頭に申し上げた、かつて「男山」の造り酒屋であった山本本家の末裔の方と接することができたのです。

山本本家は、すでにお酒造りを廃業。江戸時代から続く「男山」に関する歴史的な書き物などが残っており、「これをどうしたら良いか」と悩みを打ち明けられたのです。

そこで山崎家3代目は、

山崎家
3代目

この山本家のご先祖が残された男山の歴史的な資料をもとにお酒資料館をつくり、後世に残したい。

そして、男山の正統な山本本家とともに引き継ぎたい。

と、お願いをしました。その提案は、山本本家の末裔の方も大変喜ばれたそうです。

私どもも正統な「男山」を引き継ぎ、1968年(昭和43年)に新社屋完成。それを契機に社名も山崎酒造から男山株式会社と改めました。

この時に山本本家から、與吉に対して正統を伝承する印鑑と印鑑納め袋等が手渡され、「男山」も引き継ぎました。

現在は本蔵1階が売店で、2~3階が「男山お酒造り資料館」になっています。近隣に有名な「旭山動物園」があり、動物園の前後によく観光客の方が当社に立ち寄られる方が多く、半分は台湾や韓国・香港などから来た訪日外国人です。

試飲もできるので、訪日外国人の中にははじめて日本酒を飲まれる方もいます。そこでポジティブな印象を持ってもらうように努めています。これをキッカケに日本酒に関心を持ってもらえれることを望みます。

端麗辛口は、北海道の食文化に由来がある

北海道の食文化は生ものが多く、酒文化にも影響を及ぼす

──「男山」に歴史ありですね。「男山」は辛口で有名ですが、これは何か理由があるんでしょうか。

山崎さん 「男山」だけではなく、北海道全体のお酒が端麗辛口の傾向にあります。これは北海道の方が、生ものをよく食べる習慣に由来すると思っています。

私たちが「男山」を引き継いだ理由は端麗辛口の味ではなく、品質の良い「男山」の名前に恥じないお酒をつくっていこうという想いがあるのです。

味は「キレの良さ」がポイントであり、料理と上手くペアリングできる日本酒とお褒め頂くことが多いですね。

──「男山」を造る際には、杜氏に対してはどのような指示を出していますか。

山崎さん 当社としては美味しいお酒を作ることよりも、変わらない味をつくることに重きを置いています。たとえば「今年は美味しいお酒が出来ました」といったアピールは、好ましくありません。

我々にとっては「今年も変わらないお酒が出来ました」というのが100点の回答なのです。

杜氏※に対しては「美味しいお酒を造ってください」ではなく、「変わらない味をつくってください」とのリクエストを出し、杜氏もそれに応えています。

※杜氏・・・酒造りの最高責任者で、杜氏の下で働く蔵人(くらびと)を管理・監督する。

お寿司専用のお酒「つまみつつ」の売上好調

すし職人監修の「つまみつつ」

──最近、好調な新商品を教えてください。

山崎さん 最近好調なお酒は、2022年11月に発売したお寿司専用の日本酒「つまみつつ」です。

約300店舗のすし店が加盟している「北海道鮨商生活衛生同業組合」に青年部があります。青年部の方々は若い方が集まっており、新商品開発の監修をして頂きました。

実際、約50名の寿司を握る職人さんや女将さんがテイスティングし、寿司に合うお酒を選んでもらったのです。あらかじめお酒の質を伝えず、完全なブラインドテイスティングでした。

一番点数の高いお酒として、「つまみつつ」が誕生しました。

寿司専用のお酒なので、お寿司屋さんで多く扱って頂いています。現時点で発売以来1年が経過、予想の倍近くの売れ行きです。

これから年末年始に向けてお寿司を食べる機会が増えるでしょう。お寿司とともに、是非「つまみつつ」をご賞味下さい。

大雪山の伏流水が仕込み水に。海外コンクールで賞を受賞

旭川のシンボルである大雪山と旭橋

──今、日本酒は約7~8割の成分は水といわれています。水の果たす役割についてどうお考えですか。

山崎さん 日本酒は水の役割が大きく、仕込み水は井戸水から汲んで使用しています。

酒蔵ではよくありますが、その仕込み水を昭和52年から一般の方に開放しています。今は仕込み水を汲みに、1日あたり約200名の市民がいらしています。

私はこの仕込み水を汲みにいらっしゃる方に「何に使っているのですか」と伺った時のことです。

すると回答は、「ご飯を炊いています」「コーヒーをいれています」「このお水で割ると焼酎がうまいのです」とさまざま。また飲食店の方もいらして、「お店でお水として出しています」との話がありました。

「男山」の仕込み水は地域の方に愛されていることを実感し、水の品質管理は徹底しなければなりません。

──この仕込み水はどこが源流ですか。

山崎さん 日本百名山※に数えられる「大雪山」※は、万年雪で彩られています。

引用元:大雪山(環境省・大雪山国立公園

山から染み出る伏流水※こそが「男山」の仕込み水の大元で、中硬水です。仕込み水を一般開放している関係上、塩素殺菌をしています。

しかし塩素殺菌をすると、水道水と同じ水質になります。私どもは塩素の臭いをお酒に入れたくないので、塩素を抜く「ろ過」の工程を加えています。

このろ過の工程により、殺菌しつつも塩素の臭いがとれる仕込み水としてお出ししています。

専門用語の説明を読む!

※日本百名山・・・小説家の深田久弥氏が多くの山を踏破した本人の経験から、「品格・歴史・個性」を兼ね備え、原則として標高1500m以上の山という基準を設け、選定した。

※大雪山・・・北海道中央部にある旭岳などの山々からなる巨大な山塊の名称。大雪山系とも呼ばれ、一帯は大雪山国立公園に指定されている。

※伏流水・・・水がしみ込みやすい土地を川が流れると、水が地中にもぐりこんで流れます。 この水のことを伏流水という。

──「男山」のお酒について外国人はどのように評価されているのでしょうか。

山崎さん 純米大吟醸「男山」は2023年時点で、モンドセレクションをはじめとする海外の酒類コンクールにおいて47年連続して金賞を受賞しています。

そこで1980年代から輸出を開始、輸出の半分はアメリカです。お寿司などの和食とともに「男山」を味わって頂くことが多いのです。

アメリカ人が好む寿司のネタは、やや脂身のあるサーモン。こちらも日本人と同様に、「キレがある」との評価です。

当社としては高級なバーよりも、和食と一緒に「男山」を味わって欲しい。酒のための酒ではなく食事を引き立たせ、サポートすることを心がけているので、その点が食中酒としての評価が高いのでしょう。

3年ぶり、市民にお酒を振舞う「酒蔵開放」を開催!!

第45回目の「酒蔵開放」イベント

──今年の2月には、3年ぶりに出来立てのお酒を振る舞うイベント「酒蔵開放」が行われましたね。

山崎さん このイベントは年1回、出来立てのお酒を酒蔵の庭で味わってもらう趣旨で、これまで45回開催しています。

当社にとって、何よりも大切なのが地元。出荷実績の約60%が地元・北海道です。さらにその半分は、旭川市なんです。

普段から地元の方にお世話になっているため、還元する思いも込めており、一日だけで1万人弱の方がいらっしゃいます。

その日の朝にしぼった「今朝ノ酒」や、樽酒などを無料で振舞いましたね。

朝10時から午後3時までの5時間にわたるイベントですが、早い時は朝7時から並ばれる方も。それだけ地域の方から愛されているイベントと実感します。

イベントで話を伺った時、「自分は昔、親に連れてこられた。しかし、今は自分の子どもを連れて参加しています」という方のエピソードを聞き、とても素敵だと感じています。

やはり、地元あっての酒蔵なのです。

普段、地元の方でも酒蔵にいらっしゃる用事はなかなかありません。酒蔵開放は酒蔵と地元の方の距離を縮め、酒蔵についてより深く知って頂く効果があるのです。

「男山、読む」というメディア展開の狙いは!?

──また、「男山を読む」というメディア展開もされていますが、狙いはどこにありますか。

山崎さん 「男山を読む」は、当社が届ける日本酒メディアサイト。社員が旭川の居酒屋情報や、男山のマニアックな情報を酒蔵目線で発信しています。

実は当社はSNSを全くやっていません。もしSNSをやるのであればちゃんとスタッフをつけて定期的に更新すべきと考えますが、人員の関係もありなかなか難しい。そこでオウンドメディアで情報発信をしています。ぜひご覧ください。

男山株式会社
〒079-8412 北海道旭川市永山2条7丁目1番33号
TEL:0166-48-1931
FAX:0166-48-1910

この記事の執筆者

長井 雄一朗

建設業界30年間勤務後、セミリタイアで退職し、個人事業主として独立。 フリーライターとして建設・経済・働き方改革などについて執筆し、 現在インタビューライターで活動中。

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