昭和30年代は日本酒には保存料の添加が多く行われた時代でした。木戸泉酒造(株)は、それまでのお酒造りの常識を破って、添加物を使わずに劣化しない、熟成するお酒を造りに挑戦しました。
独自に高温山廃仕込みという製造方法を開発し、自然醸造による「旨き良き酒」造りを今日まで守り続けています。今回は、木戸泉酒造の五代目蔵元兼杜氏※の荘司勇人さんに話をうかがいました。
※蔵元・・・日本酒業界で「蔵元」では、「酒蔵の経営者」のことを指します。
※杜氏・・・酒造りの最高責任者で、杜氏の下で働く蔵人(くらびと)を管理・監督します。
木戸泉酒造株式会社
荘司 勇人さん
五代目蔵元兼杜氏
高度成長時代に自然醸造のお酒造りに挑戦
──まず木戸泉の歴史から教えてください。
荘司勇人氏(以下、荘司代表) 造り酒屋の創業としては1879年です。それまでも千葉県・いすみ市で醤油、味噌や食品卸し、塩の専売などの商売や漁業もしていました。
漁業をしていた関係で、ほかで使用する予定であったお酒の仕込み桶(おけ)※の引き取り手がいなくなったことで、うちで引き取ってお酒造りを始めることになりました。その後、しばらく普通の造り酒屋の商売を続けてきたのですが、大きく変わったのは祖父の代の1956年です。
※お酒の仕込み桶・・・昔は大きな木製の容器でお酒を仕込んでいました。いわゆる木桶仕込みと呼ばれていました。
当時の一般的なお酒は保存料が入っていたのですが、木戸泉は極力、添加物を使わずに劣化しない、熟成するお酒を造ろうと大きく方針転換しました。
そこで試行錯誤を重ね、高温山廃仕込み※という独自の製造方法を開発し、その後60年以上にわたり守り続けています。
※高温山廃仕込み・・・天然の乳酸菌を用いて、高温で酒母(蒸した米・麹・水を用いて酵母を培養したもの)を仕込む方法です。山廃(やまはい)といわれる昔ながらのつくりをアレンジしています。山廃とは、山おろしをしないで自然発生の乳酸菌を使用する造りです。次に山おろしとは、昔からの手法で蔵人が半切桶にいれた酒母(もと)を櫂のような棒ですりつぶすことを言います。
熟成を前提としたお酒造りを続けているため、「三倍増醸酒(三増酒)」※や「吟醸酒」※などは一切造っておりません。
※三倍増醸酒(三増酒)・・・同じ量の米を使いながらも、添加物で酒量が3倍になることから名付けらました。2006年の改正酒税法により、清酒ではなくなりました。
※吟醸酒・・・米を重量にして、精米歩合60%以下の白米を原料に用い、低温で長期間発酵させて造ります。
飲むことで幸せになり、心豊かに
──3代目の蔵元の時代は、高度成長期で生活も大量消費でした。添加物や農薬、化学肥料を一切使用しない日本酒を造ることは大きな決断でしたね。
荘司代表 当時は保存料を使用することが許された時代です。その理由は、流通の段階で日本酒が劣化することが多く、酒税の回収ができないという国の思惑もあり、保存料の添加を認めていたのです。
ただし保存料は、少なからず体には害があるということで、WHO※は1969年に食品への保存料の添加を全面禁止しています。
※WHO(世界保健機関)・・・国際連合の専門機関の一つであり、人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された機関です。
そのため、現在の日本酒は保存料の添加はなされていません。しかし昔は、体によくないものが入っており、酔うためだけのお酒もあったのです。
そこで3代目蔵元は飲むことで幸せを感じ、心が豊かになるお酒造りを目指し、時間がたっても劣化せず、熟成するお酒を完成させました。
当時から国内だけではなく、海外の方にも楽しんでほしいというロマンを持ちつつ、お酒造りにこだわっていました。
──木戸泉のお酒造りにはこだわりが強いと評判ですね。
荘司代表 経営理念にもかかげておりますが、「高温山廃仕込み」による自然醸造を行っています。
余計な添加物を使用せず、お酒造りに必要な微生物だけを取り入れながら、「旨き良き酒」を醸し続けることが最大のこだわりといえます。
木戸泉の誇りは1956年から製造方法を変えずに、当時からの想いを持ち続け、お酒造りを続けている点にあります。
──そこでお酒造りに活かす、お水に対する考え方を教えてください。
荘司代表 日本は水資源に恵まれた島国で、千葉県・いすみ市は中硬水です。ミネラル成分が豊富でお酒造りに適したお水です。水がないとお酒を醸し出すことはできませんから、大切な資源のうちの一つですね。
千葉全体でいえば一部軟水で仕込んでいる酒蔵もありますが多くは硬水で仕込まれています。
すべての日本酒を55度の高温で仕込む
※もろみの櫂入れ・・・もろみという材料を櫂棒でかき混ぜる操作を指します。もろみがよく溶け、発酵作用との調和を図ります。
──そして、お酒に詳しくない方向けに「高温山廃仕込み」の解説をお願いします。
荘司代表 その名の通り、高温による山廃仕込みです。通常の山廃仕込みは、時間と手間がかかるため、多くの酒造会社は人工乳酸を使用します。
山廃仕込みは一般的に低温で行いますが、木戸泉ではすべての日本酒を55度の高温で仕込みます。
この55度の温度が重要で、お米を糖化させるには最適です。殺菌も兼ねタンクの中にはピュアになり、その後に必要な微生物だけを取り込めます。
こうして防腐剤に頼らずとも長期間貯蔵でき、いい酒造りへの取組みはさらに進化していったのです。
この手法は千葉県では1社の酒造会社に伝えましたが、私の知る限り、「高温山廃仕込み」を行っている酒造会社はあまり聞かないですね。
農薬や化学肥料を使わない原料米でのお酒造りも
──その進化というのはどのようなことでしたか。
荘司代表 こだわりを持って「高温山廃仕込み」を完成させましたが、11年後にある農家さんとの出会いがあったのです。
農家さんからはせっかくいい製造方法をされているので、原料米にもこだわってみてはいかがですかとの提案がありました。
そこで1967年に農薬や化学肥料を使わない、土壌で育ったお米を用いてお酒造りを始めました。現在、木戸泉のお酒の1/3~1/2くらいは自然農法のお米を使用しています。
「酔い覚めがいい」とお酒好きから好評
──木戸泉のお酒は都内などのイベントで人気ですよね。
荘司代表 そうですね。おかげさまで地元の千葉だけではなく、都内を中心とする首都圏のみなさまにも愛されています。
木戸泉のお酒には特徴があり、飲食店でお酒と食事といい組み合わせになることで、広く使っていただいています。
また自然醸造としてのこだわりも、木戸泉のお酒を評価していただいている一因でもあります。
さらに多くのお客さんからは、「酔い覚めがいい」との評価をいただいています。つまり二日酔いがしにくいのです。これは私が飲んでも実感しています。
30年前の地酒ブームの頃、全国を旅してお酒を楽しむ団体がありました。ある時、木戸泉のお酒にたどり着いたのです。
団体会員は、五合以上飲まれましたが翌日誰一人二日酔いをしなかった話が残っています。それ以後、木戸泉のお酒の大ファンになり、毎年、酒造りの時期に大勢で遊びに来て、先代である父や蔵人たちと酒盛りを交わしたのです。
熟成された古酒も国内問わず人気
──以前から古酒へもチャレンジされていますね。
荘司代表 「高温山廃仕込み」を開発した当時から、日本酒の熟成をしっかりと表現していく意図がありました。酒蔵※には50年を超す古酒もあり、国内外問わず評価されていることは大変うれしいことですね。
※酒蔵・・・お酒を製造したり、貯めておくための蔵のことを指します。
ちなみにワインは、ブドウの出来によって味も変わります。しかし日本酒は、お米を原料としてお酒に変える技術が昔からありますので、ブドウのように何年物の古酒がいいという評価はあまりなかったのです。
逆に言えば毎年、ある一定のお酒を造ることができるのがワインと日本酒の違いといえます。
しかし日本酒も毎年、自然のお米と人の手を重ねてできたものですから、飲まれる方の好みによって、私は何年物がいい、別の方は違う年のお酒に対する評価が高いこともあります。
──お酒を寝かしておくと、味は変わるのでしょうか。
荘司代表 変わります。特に木戸泉が熟成酒に取組んだのが戦後の間もないころです。今のように流通の段階で、クール便で送るとか、貯蔵の段階で冷蔵庫を大きく使用できるなどの環境ではありませんでした。
そこで常温で保存しても劣化しない、腰の強い酒をつくることを目指したのです。
海外の有名レストランや寿司屋での利用進む
──今までお話しされた清酒や古酒の海外での人気も高いと思いますが。
荘司代表 木戸泉の海外進出は地域としては欧米が中心ですが、売上高の10%にとどまっています。
昔からワイン文化に親しんでいる方が、好んでいただける傾向にあります。
デンマーク・コペンハーゲンの世界一予約が取れないレストラン「noma」、銀座のすきやばし次郎で修行を積んだ中澤大祐さんがメインシェフを務めるお寿司屋「Sushi Nakazawa」で使われています。
──それにしても欧米で人気がある理由はどこにあるのでしょうね。
荘司代表 お酒としてのキャラクターがしっかりしている点にあります。
味が濃くて、お酒全体で酸に特徴がありますので、ワインに慣れ親しんだ方にとっては一般の日本酒と比較して差別化できるお酒ですね。
──日本国内でもこれから訪日外国人も増えてきますがこの点については。
荘司代表 訪日外国人の方にもいろんな場面で木戸泉を楽しんでほしいです。
5年前には、外国人スタッフがいたこともあり、そのつながりで在日外国人に遊びに来てもらったこともあります。これからも訪日や在日外国人のお客さんを大切にしたいです。
──話は変わりますが、食中酒への取組みを進められていますね。
荘司代表 木戸泉のお酒は熟成を前提として造り、お酒単体ではなくお食事とともに楽しんでいただくよう工夫しています。
特に東京のレストランは「お酒」と「食」との組み合わせを大切に考え、和洋中いずれの分野でも食中酒としてご活用いただいています。
やはり、ワインが世界的に広まったのは食事とともに飲まれている点にあります。そこで日本酒も同様にお酒単体ではなくお食事をとりながら、楽しんでいただくことが日本酒文化の拡大にもつながっていくと期待しています。
地域と連携し、「外房いすみ酒蔵開き」を開催
──地域と連携して、「外房いすみ酒蔵開き」はすごい人数が集まっていますね。今年はどうされますか。
荘司代表 「外房いすみ酒蔵開き」を最初に開いたのは10年前のことでした。実は当時、売上高が不振でなにか起爆剤になるイベントを考えていました。そこで酒蔵開きを行い、酒蔵に足を運んでもらおうと思ったのがきっかけです。
木戸泉単体ではパワーも弱いので、地域を巻き込んで実施しました。私は2011年に地元の青年会議所の理事長を、翌年には商工会議所の青年部部長をつとめていましたので、地域の皆さまのご協力を得て2013年に初開催の運びになりました。
今年は見送ることになりますが、来年2024年からはコロナ前のように盛大に開きたいですね。
過去、天気が良かったときは5000~6000人が集まりました。木戸泉は、最寄りのJR外房線の大原駅から徒歩5分の場所にありますのでアクセスがいいです。ですから、市外や東京からもいらっしゃいます。
イベントの目玉は、1000人での乾杯を実施しています。駅前から酒蔵までは300mありますので、商店街を歩行者天国にして、地元の物産品も販売し、その中心街で乾杯をします。蔵開きでは通常のお酒だけではなく限定のお酒も販売しています。
今夏に商品を大幅にリニューアル
──これからの戦略については。
荘司代表 今年の夏に商品の全面リニューアルを予定しておりまして、木戸泉が取組んできたことをよりわかりやすくしっかりと伝えていきます。
時代によって新商品を発売してきましたが、アイテム数が増えすぎてしまい、お客さんにとって、木戸泉の商品をどう選んだらよいかわかりにくくなっています。
もっと商品を絞り込み、見た目からでも、この商品は木戸泉のお酒だとわかるようなデザインにして、親しみやすい商品リニューアルを行います。
特に1971年に発売した、高温山廃一段仕込みによる新感覚の日本酒「afs(アフス)」というシリーズがあります。これをもっとわかりやすい表現とします。
次は木戸泉の原料米にもこだわり、5年後にはお酒造りに使うお米はすべて自然栽培のものにしていきたいです。
お付き合いのある農家さんとは自然農法についてより親密に話し合い、お酒造りに活かす方針について確認できました。
さらには、米非営利団体B Labによる国際認証制度「B Corp(B Corporation)」があります。厳格な評価のもと、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられます。木戸泉として、この「B Corp」に対して5年後の取得を目指して、動いています。
この認証は、日本国内ではまだ17社しか取得されておりません。クリアしなければならない課題も多く、ハードルも高いですから簡単ではありません。
木戸泉が取組んできたことは世界から見てもまれなことであり、後世にも伝えていかなければなりません。そして今申し上げた展開でより多くの方に知っていただきたいという思いがあります。
ちょうどコロナ禍はいい機会でした。スタッフ全員でこれまで木戸泉が行ってきたことを振り返り、社員と共有でき、話し合った結果をもとに一歩ずつ、目標に向かって進んでいます。
木戸泉酒造株式会社
五代目蔵元兼杜氏 荘司 勇人
〒298-0004 千葉県いすみ市大原7635-1
TEL:0470-62-0013