エビとカニが主役に抜擢!和歌山県のちいさな水族館|すさみ町

紀伊半島西岸のほぼ南端に位置する和歌山県西牟婁郡すさみ町。雄大な太平洋に面するこの町は豊かな自然に恵まれ、水平線から上る日の出が美しいことで有名です。

人口約3,500人のちいさなこの町に、少し変わった水族館があることをご存知でしょうか。

甲殻類が専門の「すさみ町立エビとカニの水族館

日本有数のエビとカニの展示数を誇る水族館として、日々にぎわいを見せています。

館長を含むスタッフ5名という少数精鋭で、ときには水族館を飛び出して巡回し、海の生き物たちの魅力を伝えるために奮闘している当館。

今回はその取り組みについて伺うべく、館長の平井さんにインタビューしました。

すさみ町立エビとカニの水族館

平井 厚志さん

館長

エントランスではたくさんのウツボがお出迎え!

館内に入ると正面にウツボがたくさん

「すさみ町立エビとカニの水族館」があるのは、和歌山県西牟婁郡すさみ町江住。

紀勢自動車道のIC近くに位置する道の駅すさみに併設されており、紀伊半島近海に生息しているエビやカニなどの甲殻類を中心に、約150種1,000点を展示しています。

同水族館はもともと町内の別の場所にありましたが、2015年に現在の場所へ移転。廃校となった旧江住中学校の体育館を再利用した珍しい水族館です。

はじめて訪れた人がまず驚くのは、訪問者をお出迎えする色んなサイズや模様のウツボたち。『すさみ町の海』をイメージしているというこのエントランス水槽の右側には、赤いポストが見えます。

実は、すさみ町の海底10mのところには海中郵便ポストが設置されています。この海中郵便ポストは、日本ではすさみ町を含め4箇所にしかないそうです。

年間の投稿数はなんと1,000通近くに上り、実際に投函されたハガキは地元のダイバーが毎日回収して全国に配達されています。

町の豊かな自然が生んだ基幹漁業から、町のPRへ

当館の魅力について、館長である平井厚志さんにお話を伺いました。

瞳のキレイなアカボシヤドカリ
平井さん

エビとカニ、と銘打ってはいますが、ウミガメやペンギン等もいます。

それでもエビとカニにこだわっているのは、もともと町の名産であるイセエビをPRする目的があったんです。

──イセエビというと、それこそ伊勢地方をイメージする方が多いと思うんですが、すさみ町は元々イセエビ漁がさかんな地域なのでしょうか?

すさみ町は春のカツオと、夏のイカ漁、秋のイセエビ漁が基幹漁業です。すさみ町の沿岸には、”枯木灘”と呼ばれる雄大なリアス海岸の岩礁が広がっています。

複雑な地形や黒潮の影響により、他の海域に比べて生息している生物の種類が豊富なんです。イセエビ漁の際にほかのエビやカニも獲れるんですが、なかには売り物にならない子が余るので、水族館で引き取らせてもらってます。

そういう地元の生き物を再利用するかたちで展示してますね。

──当館は”タッチングプール”と呼ばれる触れ合いコーナーに力を入れていますが、これはどんな意図で作られたものですか?

エビやカニって夜行性だから、昼間はほとんど動かないんですよ。逆に魚と違ってふれあいには強い生き物なので、そちらをメインにしました。

タッチングプールには甲殻類だけじゃなくてヒトデもいますし、ネコザメもいます。ネコザメは大きいので60センチくらいですね。

大きなタカアシガニのタッチングプール
珍しいガラス製の殻に入ったクリスタルヤドカリ
くすくす笑っているような可愛い仕草のマルソデカラッパ

すさみ町エビとカニの水族館の歴史

レストランを改装して作られた移転前の水族館

当館のはじまりは1997年。町内の無人駅「見老津駅」の待合室に、地域おこしのため地元漁師の協力を得て設置した海洋生物の水槽がルーツとなっています。

水族館としては1999年4月、南紀熊野体験博のすさみ町のパビリオンの1つとして、廃墟になっていたレストランを改修し、期間限定でオープンしたのがはじまり。

町の基幹産業でとれるイセエビなどのエビカニ類に特化した水族館は、その取り組みと展示内容が好評だったといいます。そして体験博終了後に、すさみ町立として株式会社ネイチャーネットワークに運営を委託する形で再開業しました。

ただ、すさみ町という小さな町で地域の魅力を発信している水族館は、安定した集客が難しく、財政難による閉館の危機を何度も経験したそうです。

しかし2015年9月開幕の国民体育大会「紀の国わかやま国体」に合わせて、高速道路の延伸が決定。町内の旧中学校跡地に道の駅を建設することが決まりました。

その道の駅に併設するかたちで、旧中学校の体育館を再利用した「すさみ町立エビとカニの水族館」が移転オープンしました。すさみ町の新しい観光施設として、今も人気のスポットとなっています。

サンタマリアのレタス王とすさみ町

元々体育館だったとは思えない内装

──水族館は元々体育館だったんですよね?

そうですね。併設の道の駅は、国道42号と同ICを結ぶアクセス道路近くにある旧町立江住中学校跡地に建設されたんです。旧江住中学校の校舎自体は老朽化もあって取り壊しがされていましたが、体育館だけは残っていました。

体育館だけ取り壊さなかったのには理由があって、実はこの体育館は行政が建てたものではないんです。

すさみ町の出身で「サンタマリアのレタス王」と呼ばれた南弥右衛門(1880〜1973年)という方がいます。その方が渡米してレタスやセロリ栽培などの農業や貿易で成功されました。

郷里の発展を強く願っていた南氏が、今はすさみ町の地場産業であるレタス栽培を伝えてくださり、昭和35年に体育館建設費用を寄付してくださったそうです。

そしてその寄付を使って体育館を建造し、平成23年までは実際に利用していました。

すさみ町に貢献してくれた南氏への想いもあり、町のみんなも、取り壊さずに残す方法を考えていたところで、別の場所にあった「エビとカニの水族館」を改修した体育館に移転させることが決まりました。

──当時のまま残っている部分などはありますか?

通路の床は体育館の床をそのまま使っていますね。あとは、お客様は入ることができないんですが、バックヤードから見上げると見たことのある景色が見れるかも知れません。

館内には詳しい説明や昔の写真も展示しています。来館した際にはエビやカニだけでなく、ぜひこの体育館の歴史についても知っていただけたらなと思います。

ギャラリーからの景色は体育館そのもの

巡回水族館で、子どもたちが生き物に触れ合う機会を増やしたい

巡回バス

──巡回水族館などの館外活動について教えてください。大体何種類くらいの生き物が外に出ていくんでしょうか?

場所によっても変わりますが、大体1回につき10〜20種類の生き物を連れていきますね。

触れ合える水族館をテーマにしているので、ウニ・ヒトデ・ナマコといった磯の生き物のほか、イセエビ・ヤドカリ・カブトガニなど、水族館では見るだけの生き物たちと触れ合えます。

――この巡回水族館をはじめた理由はなんですか?

特別支援学校や山間部・遠隔地の学校など、色んな事情があってなかなか水族館に来れない子どもたちのために社会貢献活動の一貫として始めました。

これまで和歌山県内を中心に、保育園や一般のイベントなどにも出張しています。

水族館に足を運ばなくても、生き物の生態に触れたり関わる機会をこちらから作ることで、生き物への興味、関心を高めてほしいと思って続けています。

――スタッフが5名で稼働されているとお伺いしています。巡回と通常営業だと大変ですね。年間でどのくらい出張されるんですか?

大体年間で30回くらいでしょうか。県内外問わず、ここに来てほしいという要望があれば出張できるか検討します。お気軽にご相談やお問い合わせください。

今後も巡回水族館は継続して、より多くの方に身近な自然や生き物への興味関心を持ってもらえたら嬉しいですね。

たくさんの子どもたちがプールの周りに集合
生き物と子どもたちの触れ合いの様子

水族館は生き物の魅力を伝える場所、SNSでその範囲が広がった

青いアメリカンロブスター

──SNSではほぼ毎日生き物の動画を上げていらっしゃいますね。結構反響はありますか?

そうですね。SNSの不思議なところなんですが、うちにもウミガメやペンギンなど、いわゆる水族館で人気の生き物がいるので、その子たちの可愛い姿をあげてみたりするんです。

でも投稿が全然伸びないんですよね(笑)

──それは面白いですね。求められているものが違うんでしょうか?

同じような動画を投稿している他の水族館はバズっているので、恐らくそうなんだと思います。

僕たち職員は毎日甲殻類と接しているので、特に珍しい行動とも思っていなかったことでも、SNSにあげると面白がってもらえたりするんですよね。

逆に”これはすごい瞬間だぞ!すごく良いのが撮れたぞ!”と思って意気込んでアップしたのに大滑りすることもあります(笑)

──SNSの運用は一筋縄じゃいかないということですね。でも投稿を見て来館される方もいらっしゃるのでは?

それはありますね。特にコロナ禍のときは、SNSを見てわざわざ東京から来ていただいた方もいました。

館内に伝言ノートを設置してあるんです。そこに書き込んでくれて、遠方から来てくれたり応援してくださる声があるのは本当に励みになります。

伝言ノートでのやりとりの様子

──SNSで発信することで、集客以外にも何か利点はありますか?

SNSが普及したことによって、動画や画像で日常的に生態の記録ができるようになったのは良いことだと思います。

水族館って生き物の魅力を伝える場所なので、ひとに見てもらわないと意味がないです。

もちろん他にも生態の研究や教育、種の保護などの意義はありますが、映像として生き物の魅力を全国に届けられるのは、すごく重要なことです。

なので、今後も積極的に発信していきたいと思っています。

多くの人にエビやカニの面白さと、和歌山の海の豊かさを楽しんでもらいたい

ニセゴイシウツボにくっつくアカシマシラヒゲエビ

──すさみ町立エビとカニの水族館の、今後についてお聞かせください。

当館は大型の水族館ではなかなかスポットライトを浴びない生き物たちを主役にしています。

いわゆる人気のある生き物たちだけじゃなくて、本当に身近にいる生き物たちもその生態に触れてみると面白い子たちってたくさんいるんですよね。

そういう部分を、小さな水族館ならではのやり方で伝えていきたいです。

今、水槽が足りなくてまだ展示できていない子たちもたくさんいます。バックヤードで育てているので、まずは水槽を増やしたり、設備を整えたりしていこうと思います。

天井水槽からの様子

限られたスペースの中で最大限できることを模索していきながら、地域活性と魅力発信基地としてどんな方でも親しみをもって利用できる施設を目指していきます。

すさみ町立エビとカニの水族館

〒649-3142 和歌山県西牟婁郡すさみ町江住808-1
営業時間 :9:00~17:00(定休日なし)
TEL:0739-58-8007
アクセス:JR紀勢本線の江住駅から徒歩8分
入館料金:大人(高校生以上)800円、子供(小中学生)500円、幼児(3歳以上)300円

この記事の執筆者

ちゃこ

新潟県在住。Webメディア中心に取材・執筆を手がけるフリーライター。現在、YouTube台本やLPライティングなど幅広く執筆中。企業や個人へのインタビューが好き。

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